一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。

 彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』(文春文庫)より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の2回目/前編を読む)

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5000万円の現金を渡す現場に立ち会った目撃者を直撃

「決して満足な答えじゃないと思うんです。けれども、事情をご了解いただく以外にありません。それで、今までずっと通して来ていますのでね」

 東名阪自動車道「桑名東インターチェンジ」のそばにあるプレハブづくりの事務所をいっしょに出ると、日本発破技研の山本潤はいかにも申し訳なさそうに頭を下げた。ダムやトンネルなど土木工事に欠かせない日本屈指のダイナマイト業者である。

 神戸の山の手生まれ。90年代に日本青年商工会議所の会頭まで務めた地元の名士だ。その山本が三重の桑名にいたのは、水谷功が事実上のオーナーとして経営してきた「長良通商」の事務所で仕事の打ち合わせをするためだった。発破業者の山本は、水谷建設をはじめ、重機土木建設の会社と取引してきた。なかでも水谷功とは入魂の間柄といえる。向島の料亭でもいっしょに芸者遊びをしてきた、水谷ファミリーの一員でもある。

 そんな山本潤は、小沢一郎事務所の金庫番、大久保隆規とも親しいという。ほかでもない、水谷建設の社長だった川村尚が、全日空ホテルで大久保に5000万円の現金を渡す現場に立ち会った目撃者だと伝えられてきた。私は水谷建設本社のある桑名市内でその山本に会い、話を聞こうとした。

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「あのときの模様をお話しにならないのは、やはり小沢さんへの気づかいがあるのでしょうか」

 そう聞いてみた。

「いや、誰に対してってことではありません」

 山本はそうそつなく答える。

「うちはお仕事を発注先から直接頂戴しているわけじゃなく、ゼネコンさんですとか、サブコンさんからお仕事を頂戴しています。その分際じゃ、ああです、こうですということを言うのは、やっぱりできません」

 実は山本が立ち会った現金授受の現場は、全日空ホテルだけではない。

「仙台空港にも行かれてますよね。そこのロビーで……」

 それも尋ねたが、答えは同じだ。

口をつぐみ続ける水谷ファミリーの一員

「いや、そのへんも、なんとも言えないです。誰にも何も言ってないので」

「でも、検察側にはそのへんはお話ししたでしょ? 当然」

「それも……。検察に呼ばれたかどうかも誰にも何も言ってないので。だからそれも、水谷功さんや水谷建設の方に聞かれるのがいちばんじゃないですか」

 ソファーに腰かけてそんな言葉を交わしている最中、大柄の男がプレハブ事務所の扉を開けて入ってきた。

「森さん、何しにこんなとこまで来とるんや。そりゃ、山本さんはなかなか口を割らんで」 

 とつぜん水谷功本人が桑名の「長良通商」へあらわれたのである。水谷の登場を機にいったん取材を打ち切らざるをえなかった。そこで、事務所を出たのだが、なぜか山本は不快な様子を見せるどころか、終始低姿勢だ。そうして、水谷とともに場所を桑名市内の焼き肉屋に移した。向かったのは三重県の名産である松阪牛で有名な小ざっぱりとした店だった。水谷功の行きつけなのだろう、そこに同席した。こちらとしてはむしろ好都合だ。

 キムチ、カルビ、タン、ホルモン、ツラミと水谷が立て続けに注文し、テーブルに料理が並ぶ。こうした会食に慣れているのだろう。山本がトングを素早く手にとり、まずタン塩を網に乗せる。

「山本さんは、もともと大久保さんと親しいらしいですね」

 肉が焼き上がったころ、山本にではなく、水谷に向けて話してみた。