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仕送りを頼む母の姿

 清二の細い指が白いコーヒーカップの縁をなぞる。ハンカチを取り出し涙をゆっくりと拭くと、冷たくなりかけていたコーヒーを一口すすった。

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「私はめったに涙を見せたりはしないんです。今日はどうしたのかな? 許してくださいね、見苦しい老人を見せてしまって……、で、母のことでした。愛する母のことでした」

 二間しかない家で、操を真ん中にして左右に清二と邦子が寝た。清二にとって、康次郎は思い出したように訪ねてきては、母を独占する略奪者のような、侵略者のような存在だった。家計の苦しさは幼い子供たちでもひしひしと感じていた。小学校から帰って、母の姿が見えないだけで清二はたまらなく不安になった。

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「大人になって初めて幼子の不安は、生活に疲弊し自ら命を絶つのではないかという不安だったのだな、とわかるんですが、当時はわかる訳はない。ただ、無闇に不安で悲しかったのを覚えてますな。そうですな、悲しかったな」

 母への悲しみは、父への憎しみと同量だった。

 それはいつもの学校帰りだった。清二はこんな場面に出くわした。その光景は、生涯清二の脳裏から消え去ることはなかった。

 ふと目をやると電話ボックスの中で、母が電話をかけていた。直感として父に仕送りを頼んでいるのだとわかった。小学生の清二はなぜか見てはいけないものを見てしまったと、後悔した。母のほつれた髪が悲しかった。

「子供心に見てはいけないものを見てしまったという感じはあったんだな。母の切羽詰まった感じが遠くからでもわかった。何とも言えない不安に襲われたのを、今でもありありと思い出すことができる。不思議だけれどね、もう70年以上も昔のことなのに……」

「お母様は見られたことに気づいていたんでしょうか?」

「母はどうだったんだろうか? 僕も家に帰ってそのことは口にしなかったし、母もしなかった。ええ、確かにしなかった。口にしてしまっていたら、何かが崩れてしまう感じがあったのかな?」

「崩れる?」

「そう。だってね、いまから考えても奇妙な生活をしていたんですよ、我々は。何度も言うようで申し訳ないけれども、とても貧しかったんですね。尋常高等小学校に通っていたけれど、毎日のおかずにも事欠いて弁当が真っ白なんだ。まだ真っ白なご飯ではあるんだけど、ご飯だけ」