人口あたりの精神科病床数が世界一多い国、日本。心の病を抱える人々を隔離して治療する体制から抜け出せない日本とは裏腹に、フィンランド・ケロプダス病院で始まった“オープンダイアローグ”が、驚くべき成果を挙げている。何十年も入院し、向精神薬での治療を受けてきた人たちの約8割が、薬なしでの日常生活を送れるようになったのだ。
本書は、オープンダイアローグの入門書。どのような治療法なのか、なぜ効果があるのかを解説する。著者の森川さんは、日本人医師で初めて、日本で1年間、ケロプダス病院で2年間の研修を修了し、クリニックで実践を続けている。
「オープンダイアローグは対話を開く/開かれた対話という意味です。患者さんと1対1で話すのではなく、家族や、ケアマネジャーなどの支援者、医師や看護師といった3人以上の人が集まって円になり、対等な立場で話す機会を作ります。本人のいないところでその人の話をしない、決定しないことが原則で、当事者たちも一緒に今ある問題をどう解消するか話します」
1回60分以上の時間がかけられ、対話に参加する一人ひとりが自分の思いを話していく。一度当事者たちの話を聞いたところで、その場で専門家だけで話をし、それを聞いてもらい、また全員での対話に戻る。
「仕事柄、関係がこじれてしまった家族と対話することがあるのですが、親子の中で上下関係が出来上がっているケースも多くあります。子供の話を聞こうとしても親が代わりに話してしまったり、親は子供の話を聞いているつもりでも、意見を変えよう、教えてあげたいと思って会話していると、子供は自分の意見が尊重されない、話を聞かれていない、と思ってしまうことも。対話の場面では、相手の言うことをしっかりと聞いて、また自分の話も聞いてもらう。聞く側がちゃんと聞こうとしていると、話す側も自分の気持ちを伝えてくれることが多いです」
森川さんがオープンダイアローグを知ったのは6年前。学生の頃からホームレス状態の人たちや被災者たちの苦悩を聞き、支援する活動を行ってきた。活動と並行し、精神科医として働きだしたが、支援とのギャップに悩まされたという。
「病院で患者さんと話すのは15分程で、『話を聞くと余計に具合を悪くさせてしまう』とさえ言われていました。本人の意思を聞かずに強制入院の措置を取る場面も多かった。しかし日本でも、向精神薬が一般的になる前は、投薬前に話を聞いて、解決策を探っていたんです。やはり対話の中に光があると教えてくれたのがこの取り組みでした」
本書では、対話場面の再現や、トレーニングでの風景が描かれると共に、著者自身の家族の経験が明かされていく。森川さんも自身と対話しているのだ。
「オープンダイアローグについては、様々な解説の書が既にあります。明るい対話を想像されることも多いのですが、実際に対話に入ると、あまりに苦しくて気持ちが逃げてしまい、専門家としての解釈を盾に相手を変えようとしてしまうこともあります。苦しい状況でも、対話を促進させるための対話者であるために、自身とも向き合う必要があると思い、自分の経験も吐露することにしました。オープンダイアローグといっても、特別な技法がある訳ではありません。苦しい状況を知り、何ができるか共に考える取り組みなんです」
結論を出すための“議論”ではなく、皆が腑に落ちる解消法を模索する“対話”は、医療の現場以外でも必要とされていくだろう。
もりかわすいめい/1973年、東京都生まれ。精神科医、鍼灸師。2つのクリニックで訪問治療を行っている。著書に『漂流老人ホームレス社会』『その島のひとたちは、ひとの話をきかない――精神科医、「自殺希少地域」を行く』等がある。