昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集観る将棋、読む将棋

2021/06/18

――最近、振り飛車もソフト研究の影響が強くなってきました。

佐藤 いま流行っている振り飛車はソフトでかなり検証されています。それまでは振り飛車側が「ソフトの点数は居飛車に振れるけど、戦いは長いから実戦だと大変でしょう」という思想でやっている人が多かったと思います。

――飛車を振っただけで点数が下がるんだから、ソフトは振り飛車を評価する大局観を持ち合わせていないと考えるのは自然だったでしょうね。佐藤九段自身の振り飛車で、いちばん印象に残っている対局はどれですか。

佐藤 昨年12月の順位戦A級、佐藤康光九段戦です。陽動振り飛車の序盤で選択肢が複数あり、どれを選んでもそこまで悪くならない。これは大山先生風かな、これは師匠らしいかなと楽しく考えられました。相居飛車だとそういう時間はあまりなかったですからね。実戦もある程度うまくさばいて勝つことができ、自分好みのすべての駒が働く将棋になりました。

――佐藤康光九段は独自路線で戦っている棋士です。ふたりで力戦形を志向したのですから、余計に波長が合ったのでしょう。

佐藤 ねじり合いになり、佐藤康光九段らしい力強い玉さばきもありました。そういうわかりやすさも、ファンの方が楽しむ上では大事だと思うんです。勝つために難しいことやらざるをえないのはプロであれば避けられないことではありますが、将棋の楽しみ方というのは高度なことをやる合戦だけではないと思うんですよ。例えばAIの進歩を説明するために、将棋というゲームの複雑さが強調され、人間の高度な知性をAIが超えようとしていると報道されてきました。でも、もともとゲームは人間が楽しむためのものです。自分自身、そして将棋界が楽しいものであってほしいと思います。

 

将棋はひとつのミスが負けに直結しやすいゲーム

――プレイヤーが楽しむ気持ちを持ち続ける、これは簡単なことではありません。どんな競技でも、負けたらモチベーションの低下につながります。

佐藤 もちろん、負けるのはつらいですけど、時間とともに解消されていくものではあります。私は忘れるのが速いので、性格的に向いているのかもしれません。つらい気持ちを引きずりすぎるのもよくないですから。

――「負けは自分を否定されたようだ」と、何十年も前の勝負の痛みを忘れられない人もいます。

佐藤 「自分を否定されている」は、ゲームの性質も関係していると思います。まず、将棋は情報が完全に公開されているゲームで自己責任の色が濃いです。自分で全部をわかって選択しているわけで、トランプのカードを引くように「あ、これだった」みたいな偶然はない。もちろん、運はありますけどね。

 また、ひとつのミスが負けに直結しやすいゲームです。囲碁も将棋と同じく完全情報ゲームですが、性質が大分異なります。囲碁は陣取り合戦なので、序盤は基本的にはどこに打っても得になりやすく、どのプラスがいちばん大きいかを考えているゲームですよね。もちろんそこが難しく、考え甲斐があって醍醐味のある部分なのだと思いますけれども。でも将棋は、基本的にマイナスにならない手を指さないといけない。そして、悪手を指すとその下がり幅がすごいんですよね。