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ガラパゴス化していた『鬼滅』以前の日本のマンガ

 しかし、今回のブームは、その流れだけでは説明しきれない。その背景には、韓国のマンガ業界の大きな流れの変化に『鬼滅の刃』がマッチしたという事情がある。

 その事情を説明するために、韓国における日本のマンガの歴史を振り返ってみたい。

 先述の通り、韓国における日本のマンガ人気は、1990年代の第1波に続き、2000年代の第2波が続いた。

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 1990年代の“第1波”、つまり『ドラゴンボール』、『スラムダンク』がヒットした時、日本のマンガやアニメは、韓国の若者の間で最もホットな大衆文化であった。金大中(キム・デジュン)政権が推進した日本文化開放によって、日本のマンガが正式に翻訳出版されるようになり、それと同時に、韓国の週刊マンガ雑誌に連載された。

 主人公が何かに全力で取り組んで、ゲームのように各ステージをクリアしながら成長していく。それを迫力あふれる構成で見せる日本のマンガは、読者層は子供に止まらず、青少年や大人にまで広がった。

 当時の韓国の文化トレンドをリードしていた映画雑誌「キノ」や「シネ21」では、そんな“ジャパニメーション”を取りあげ、日本のマンガを様々な角度から紹介している。1995年に初めて開催されたソウル国際マンガ・アニメーション映画祭(SICAF)は数十万人が集まる大盛況だった。今まで見たことのない日本のマンガやアニメに、韓国の10代、20代の若い世代が歓呼したのだ。

 しかし、1990年代後半から、若い世代のコンテンツ消費が変化し始めた。

 男性は1998年に韓国でサービスを開始したオンラインゲーム「スタークラフト」に、女性は1996年にデビューしたH.O.T.のような第1世代のK-POPアイドルに流れていった。2000年代の“第2波”ブームで『ワンピース』や『名探偵コナン』などの人気作品は生まれたが、長期連載のため新規読者の流入は限定的で、日本のマンガの読者がガラパゴス化していった。

 その結果、韓国では2000年代以降、マンガそのものの読者数が減少していった。

劇場版『鬼滅の刃』の韓国版ポスター(韓国SMGホールディングス公式Facebookより)

物語・演出…すべての速度が早まった韓国マンガ

 そして、2010年以降、韓国のマンガ業界は大きな変化を遂げる。苦戦の末、「ウェブトゥーン」というスタイルのマンガを生み出し、拡大させ始めたのだ。

 元々ポータルサイトを通じてサービスが始まったウェブトゥーンは、縦スクロールでスマートフォンに適したスタイルのマンガ。スマホの普及後、韓国では早いスピードで若者の生活に浸透していった。ウェブトゥーンは、スマホを通じて最も簡単に消費できる大衆文化となった。

 紙で発行される出版マンガと違って、デジタルコミュニケーション方式に適した形式で発展したのも特徴だ。作品別に専用掲示板を設け、読者と作家のコミュニケーションも繰り広げられた。