さきに、条件つきで「あせらない」という童貞たちがいたことを紹介した。その対で、条件つきで高年齢童貞を許容する声もある。19歳の女性は「20歳前後なら」という条件つきで「経験なくてもヘンじゃないと思います」(*15)といい、17歳の女子高校生も「男の子を見るとき、セックスのこととかまったく考えもしません〔略〕だから、20歳で童貞っていわれても、別にいいんじゃないのかな、と、いうだけですね」(*16)と半ば無関心ともいえる意見を述べる。
*15 『checkmate』童貞さよなら白書 初エッチ、僕たちの場合 (1996/4)
*16 *4同
「問題じゃない、だけど…」というアンビバレンツ
だが、こうした条件つき許容は無邪気なほうだ。精神科医の香山リカの高年齢童貞の肯定の仕方は入りくんでいる。香山はいったん「それほど問題じゃないと思います〔略〕30歳にもなれば18、19の子どもとは違うんですから」と高年齢童貞を脱─問題化する。だが、そののち、「本人の家族関係、特に母親との関係から見直すなど、ていねいなケアが必要ですね」と落とす(*17)。
*17 *7同
「問題じゃない」が、精神面での医療的ケアは必要だという。さきに「○歳以上の童貞は気持ち悪い」という言説が「精神的に問題あり」という言説に流れやすいことを指摘した。香山はけっして高年齢童貞を「気持ち悪い」とはいっていない。むしろ「問題じゃない」と評価している。だが、「ていねいなケア」をすすめるその落とし所は、結局は「○歳以上の童貞は気持ち悪い」派と同じなのである。
アンビバレンツな許容の例でいえば、年下の童貞にアドバイスをする25歳・非童貞の声も見のがせない。この人は、あせる童貞にたいして、「『そのうちタイミングがくるから焦ることないよ』って言ってあげたい」(*18)と寛容な態度をしめす。
*18 *4同
だが、こうも言っている。「20歳で童貞で恥ずかしい、って思うのは当然〔略〕それより、恥ずかしさを感じないほうが変かもしれないよね」。
いったいどうしろというのだろう。あせる必要がなければ、恥ずかしさを感じる必要もないのではないか?
こうしたアンビバレンツさは雑誌の地の文にも見られる。1982年の『プレイボーイ』は友達と比較してあせる者を「主体性がないぞ」と非難するものの、「といって、25才前後の“高年齢童貞”にも困った部分がある」(*19)とつづける。
*19 『プレイボーイ』「ぼくらの性革命」詳細報告(1)〈ハッピー初体験〉がSEXライフのキーポイントだ!(1982/1/1)
前述のめずらしいぐらいたくさんの30歳童貞にたいする肯定的コメントを紹介した1994年の『VIEWS』も、「『30歳童貞』でも卑屈になる必要はないのである」と安心感を持たせたあとで、「でも、『童貞を捨てたい』というのはやっぱり大きなテーマ」とふたたび焦燥感をあおるようなことをいう(*20)。
*20 *7同