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セシウムさん事件、光市母子殺害事件弁護団、ヤクザ…ドキュメンタリーを撮り続けたテレビマンが明かす「『わかりやすさ』という病」

東海テレビゼネラルプロデューサー・阿武野勝彦氏インタビュー #1

2021/06/19
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「視聴者の賛否は6:4とか7:3くらいがいい」

――今回の本は、番組に対する生々しい賛否の声や、それと向き合う阿武野さんの姿がひとつの読みどころでした。

阿武野 視聴者からの反応は、できれば賛否が6:4とか7:3くらいの感じだといいなと思いますね。反対のほうが多いと、辛くて立っていられなくなりますから。「光と影」は、事件現場から遠いという地域的なこともあって、だいたい7:3ぐらいでしたね。

 抗議や反対意見は、はねつけるのではなく、それらをきちんと読み込んでいく。その作業が、地域のテレビ局の局員として、そこで生活する人たちとコミュニケーションをしていくうえで大事なんだと思っています。つまり制作者は、反対意見を強く言う人たちの理(ことわり)みたいなものをきちんと見ていく、それを上手に読み込んで次の作品づくりに活かしていくということをやるべきなんです。

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「私は事件を忘れたいけど、社会には事件を忘れないでほしい」

――「光と影」の齊藤潤一ディレクターは、「おかえり ただいま」(2020年映画公開)も担当し、こちらは遺族の側を取材しています。

阿武野 名古屋闇サイト殺人事件の被害者の母親である、磯谷富美子さんを取材したものですね。

――「私は事件を忘れたいけど、社会には事件を忘れないでほしい」という磯谷さんの言葉が本に出てきます。とても複雑な心情ですが、同時にこの複雑さがドキュメンタリーの核心のようなものを言い表しているように感じました。

阿武野 私はこの言葉を聞いたとき、なんてすごいことを言うんだろうと思いました。磯谷さんご自身は講演会などで「被害者遺族はこういう思いをする。だから二度と事件を起こしてほしくない」と一生懸命に語るんです。語れば語るほど自分の中に忘れられないものとして残ってしまうので、矛盾していることになるのではないかと思っていたけども、「私は事件を忘れたいけど、社会には事件を忘れないでほしい」という言葉をじっくり考えてみると、深いところで気づきがありました。

 個人にとっては忘れたいことでも、「犯罪は社会の共有財」という言い方もあるように、起こってしまった犯罪は、ある意味で、振り返るべき重大な事実であり、記録です。再び事件を起こさないようにするためには、その犯罪を血肉化する必要がある。そのために私たち制作者はなにができるのか、そう考えさせられた言葉でした。

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