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「数年以内に君たちは人生最大の失敗をする」立花隆が“6時間の最終講義”で東大生に語っていたこと

『二十歳の君へ』より #1

2021/06/26
note

 失敗とも関係があることなのですが、もうひとつ予言できることは、これから数年以内に、君たちは次から次に予期せぬ事態にまきこまれて、充分な準備ができないうちに、大きな決断を下すことを何度も何度も迫られるということです。20代というのは、そういう年齢なのです。状況に迫られて、やむを得ざる決断を次々に下していくうちに、人生の大まかな地図が描かれてしまうのが20代だということです。準備万端ととのえた上で、人生の大きな曲がり角に差しかかることができる人はほとんどいません。準備不足は人生の常です。したがって失敗もまた人生の常です。ということは、必要以上に失敗を恐れることはないということでもあります。失敗は成功のもととはよく言ったもので、適切な失敗の積み重ねがない人には、将来の成功は訪れて来ないということも、ここで同時に言っておこうと思います。

 というわけで、適度な失敗は大いに歓迎に値するものでしょうが、生涯のトラウマを残すような失敗には出会いたくないものです。そのためにはどうすればいいのか。ひとつは、物事を考えるとき、考え方の基本を誤らないことです。何を考えるときでも、考え方の正しい手順というものがあります。先に考えておくべき「先決問題」というものがあります。先決問題はやはり先に考えておかないと、必ず後で問題が起きます。かといって、いつでも何が先決問題か分かっているというものでもありません。問題を具体的に考え始めることによってしか何が正しい手順なのか分からない、ということも大いにありえます。

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 つまるところ、大切なことは、まず問題に具体的に取り組み始めることです。そして、途中で必ず「何が適切な順序か」分からなくなるという事態に遭遇するでしょうから、そこで集中的に「考える順序の問題と先決問題の議論」に取り組むのがいいということです。すべての問題には考えるのに適切なタイミングがあります。早すぎても最適解に達せないし、遅すぎてもいけません。ピッタリのタイミングで一気に、が一番ですが、現実にはたぶん早すぎたり遅すぎたりの繰り返しでしょう。考えるタイミングの習熟にも学習が必要だということです。こういった、正しいものの考え方に関するヒントのようなものは、70歳になった今、僕が若い人たちに与えてやることができることのひとつかなと思うようになりました。

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 もうひとつ広く応用が効くヒントをあげましょうか。若いときに犯す大失敗の原因でいちばん多いのは「思い込み」だということです。「それはこうに決まっている」 と、君たちがほとんど公理同然に思い込んで、その真偽を疑ってもみないことの中に誤りの原因がひそんでいることがいちばん多い。このあたり抽象的に語るだけでは、何のことか分からないでしょうから、また先にいって話そうと思いますが、若い人に話しておきたい大事なことというのはこういったたぐいのことです。別の言い方をすれば、自分自身、若いときにそういう注意をされていたら、もう少し失敗の数を減らせたのではないかな、と思えるようなことどもです。

死へ向かう身体

 さて、僕の70歳の誕生日以後さらに違う事態が展開していて、ますます自分が死と接近しつつあるという思いが強くなってきました。というのは、僕の母親は今95歳で、まだ生きてるんですが、それがもう死にかけているんです。自分の死はまだ遠くにある不定型の雲のような存在ですが、こちらは、目の前に迫りつつあるリアルな死です。ちょうど一昨日、母は体調を崩して東大病院で綿密な診察を受けたのですが、その結果、今非常に危険な状態にあり、いつ何が起きても不思議ではない、という判定を下されました。

 具体的に言いますと、腎臓(じんぞう)が非常に弱っているのです。腎臓というのは人間のいろんな臓器の中でもっともバイタルなもののひとつでして、この器官が死ぬと、人間の生命維持機能の相当部分が失われてしまいます。