3人殺害で異例の「猶予付きの判決」
浦和地検は柴崎四郎検事が担当して取り調べ、4月17日、殺人罪で公判を請求。浦和地裁で3回の公判が開かれ、浦和語助が証人として出廷した。そして結末は――。
娘殺しの母 情ある判決
無情な夫の仕打ちから世をはかなみ、さる4月9日(6日の誤り)、夕食にネコイラズを入れた魚を食べさせ、苦悶する3人の娘をさらに絞殺し、自分も自殺せんとし、果たさず自首した北葛飾郡吉田村惣新田3114、浦和充子(30)にかかる殺人罪の判決言い渡しが2日、浦和地裁で牛山裁判長、柴崎検事、景山、松永弁護人出廷で開かれ、裁判長より『今回の判決には各方面から相当激しく反対意見も出たが、被告人の真情を察し、懲役3年に処し、3年間、刑の執行を猶予(求刑懲役3年)する旨』温情あふるる判決があった。
1948年7月3日付埼玉新聞はやはり社会面ベタで報じた。3人殺害で3年の求刑は極めて軽いうえ、猶予付きの判決は異例といえるだろう。判決文は「諸般の事情に鑑み」としか書いていない。検察側は控訴せず、刑が確定。充子は直ちに釈放された。事件は、当時山ほどあった生活苦から引き起こされた犯罪の1つとして、そのまま忘れ去られるはずだった。しかし……。
「日本人はとかく情に流され、感情的に行動する癖があり、ことに親子関係にはそれがひどい」
「“封建親子観”の判決 参院で問題化す」という見出しの記事が社会面トップで載ったのは同年11月26日付毎日。浦和充子の事件の判決に疑義があるという内容で、参院法務委員会の伊藤修・委員長の談話を「寛大に失す」の見出しでこう報じた。
民主化を阻むものは、われわれの感情の世界に根強く残っている。日本人はとかく情に流され、感情的に行動する癖があり、ことに親子関係にはそれがひどい。そのために子どもが犠牲になるということは、新憲法下、深刻に反省せねばならぬ問題だ。ことにこの事件は、子どもに毒を盛ったうえに絞殺するという残虐的色彩を帯びているし、3人まで手にかけているという点で、従来の判決例でも寛大に失している。もちろん、判決と反する結論が出れば、裁判官やこの判決を許した検事は責任をとるべきだと思う。
いまから見れば驚くべき見解だが、これにはここに至る流れがあった。事件が発生した翌月、5月8日付朝日1面に「刑事々(事)件捜査委員会を設置 参院司法委員会」の見出しのベタ記事が掲載されている。
「参議院司法委員会では、裁判官が刑事事件を処理するに当たって、民主主義の建設、国際的常識の認識の点からみて遺憾な点があるとの批判のもとに、同委員会内に『裁判官の刑事事件不当処理に関する調査委員会』を設けることを決議し、8日、議院運営委員会にこれを報告。その承認を得た。調査委員会の目的は、個々の事件に関し判決の変更を求めるものではなく、世論の上に立って批判を加え、反省を促すことにあると解されているが、司法権と国会の権能との関係の問題が微妙なため、参議院側では慎重を期している」
司法委員会は間もなく法務委員会に衣替えする。記事には既に問題のポイントが指摘されている。