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連載昭和事件史

寝静まったわが子3人を次々に殺害!ギャンブル中毒の夫に見捨てられた30歳妻の絶望

《死にきれぬ母、涙の自首》3人の子殺し「浦和充子事件」 #1

2021/06/27

「刑が軽すぎ、親が子を所有物化しているのではないかとの声が…」

 そこに浦和充子の事件も調査対象として加わった。これにも裏があったようだ。後年の憲法調査会の審議で「関係方面からの示唆があって始められた」という発言が出ているが、藤本一美編「国会機能論」には「刑が軽すぎ、親が子を所有物化しているのではないかとの声が占領軍の一部にあったのを契機に……」という記述がある。「関係方面」や「占領軍の一部」とはGSのことだろう。

 GS関係文書に浦和充子事件についての記述は見られず、「憲法秩序の変動と解釈の担い手」は、経緯から見て「浦和事件の調査開始にGHQ側の関与があったとは考えにくい」と述べるが、GSが日本の社会にある、子どもを親の所有物とみる傾向を封建主義と結びつけて問題視したことは間違いない。その意思が何らかの形で伊藤委員長ら参院法務委のメンバーに伝わったのか。逆に、法務委のメンバーらがGSの意向を察して先取りした可能性もある。

 参院は1947年5月に施行された日本国憲法の規定で、貴族院に代わって生まれたばかり。GHQ最高司令官のマッカーサー元帥は1院制を主張していたとされるが、参院では誕生間もなく政党の対立が激化。乱闘事件まで起きた。この時期にはしきりに改革が論議され、存在意義を示す必要に迫られていた。

当時は参院改革が盛んに叫ばれていた(東京新聞)

 伊藤修・法務委員長は愛知県出身の弁護士。1947年4月の第1回参院選で日本社会党から当選。昭電疑獄追及でも活躍したほか、憲法改定についても発言していた。浦和充子事件をめぐっても「自分の発案で調査を始めた」と語っているが、彼の個性が大きく影響したのは間違いない。

【続き】「子は親のものと思っているのではないか」わが子3人を手にかけた母への“温情判決”とその波紋…投げかけられた「罪を犯した女の一生」

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 生々しいほどの強烈な事件、それを競い合って報道する新聞・雑誌、狂乱していく社会……。大正から昭和に入るころ、犯罪は現代と比べてひとつひとつが強烈な存在感を放っていました。

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戦前昭和の猟奇事件 (文春新書)

小池 新

文藝春秋

2021年6月18日 発売

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