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2021/07/02

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 読書, 企業

「義明君が、あの、逮捕されてしまって……」

 康次郎の遺骨は生家近くの墓と、西武グループが開発した神奈川県鎌倉市にある「鎌倉霊園」に分骨されている。インタビューに先立ち、清二がその鎌倉霊園に墓参に通っているという話を聞いていた。意外であった。鎌倉霊園は、異母弟の義明が自らの権力を誇示する舞台装置として使った場所であり、それを清二が嫌悪していたことは知られた話だったからだ。

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「鎌倉(霊園)へお墓参りに行っているそうですね。いつからなんですか」

 清二はちょっと記憶をたどるように小首を傾げながら、

「そうですね。いつからだったかな……。義明君が、あの、逮捕されてしまって……、どうなるかを見守っていたんですが、どうもおかしな方向に(西武グループの)再建がなされているのがだんだんとはっきりしてきましてね。いつからかと言われれば、その頃からですね」

「でも、あまり好きな場所ではなかったのではないですか。嫌いな場所だと……」

 清二は悪いた戯ずらっ子のように笑い、

「そうなんです。好きな場所じゃないんですよ、本当は」

 我が意を得たりとばかりに、パンと手を叩いてみせた。

 鎌倉霊園は巨大な公園墓地である。その一角に一般の墓所より一段と高くなった、まるで古墳かと見紛うばかりの場所がある。そこに眠るのが父、康次郎である。かつて堤義明が率いた西武鉄道、プリンスホテルなどからなる西武グループの新年は、毎年この鎌倉霊園の、ある儀式から始まっていた。

 1月1日の早朝7時過ぎ。寒風の中、西武グループの部長職以上の幹部数百人はこの霊園に集まり、総帥、堤義明の到着を持つ。

 霊園に隣接するヘリポートに、義明を乗せたヘリコプターが爆音を轟かせて着陸するところからいよいよセレモニーが始まる。壇上に登った義明が年頭にあたっての檄げきを飛ばし、企業への忠誠を訴えるのだ。そして挨拶が終わるや、義明はヘリコプターに乗り込み、再び爆音を響かせて飛び立っていくのだった。

 社員が動員されるのは新年だけではなかった。西武グループの各社から毎日2人が選ばれてこの霊園内にある施設に泊まり込み、創設者、康次郎の墓所の掃除、早朝の鐘撞きをする。それが義務づけられていた。それこそが堤家への忠誠の証であり、企業への奉仕の精神の発露と見られていた。その舞台装置の役割が、康次郎の巨大な墓所に託されていたのである。