人間との距離が近い名機「L型エンジン」
世に「名車」と呼ばれる車があるのと同様に、車好きの間で「名機」と呼ばれるエンジンが存在する。「名機は何が違うのか」と言えば、音や吹け上がりの気持ちよさといった感覚的な要素のほか、整備性や汎用性、耐久性など、維持するうえでの特性が指標となることもある。
数ある「名機」のなかでも、S30Zに搭載される「L型6気筒」は、これらの要素がバランスよく整ったエンジンとして長く親しまれてきた。1965年に当時の高級車「セドリック」に搭載されて以降、さまざまなバリエーションを展開し、開発から50年以上が経過した今なお現役で活躍する長寿エンジンである。
L型エンジンの魅力について、井上氏は「単純でありながら奥が深い」こと、また「耐久性が高い」ことなどを挙げている。シンプルであるほど応用が利く、というのは工業製品全般に通じる鉄則であるが、Zやセドリック・グロリア、スカイラインやローレル、ブルーバードなどかつての日産を代表する多くの車種に搭載されていたことからも、その汎用性の高さがうかがえる。
パーツの流用など拡張性も高く、チューニング業界でもっとも長く「弄られてきた」エンジンのひとつである。
「最初に(車弄りに興味を持った人が)入りやすいよね。バルブも少ないしさ。それでいて耐久性があって、その分ダメなとこもあるんだけど、長い間弄られてきて(改善する)方法もたくさんある」
現在のエンジンと比べると当然アナログであるが、そのぶん所有者に対して「距離が近い」と言えるかもしれない。
現在の車は電子制御も多く、エンジンルームも「所有者が手を入れること」を基本的に想定していない。工業製品としての完成度が高い一方で、「何がどうなって動いているか」を所有者が知らないまま使っている。
対して、「自ら機械に手を加え、それが効果として表れる」という経験の積み重ねは、「その機械が今どのように作動しているか」を直感的に把握することにつながるだろう。「メカニズムを理解しながら機械を使う」というのは現代人にとって馴染みの薄い態度だが、理解を通じて機械への信頼や愛着が形成される、という側面も少なからずあるはずだ。