イチローと宮里藍の告白
つい最近まで、ごく狭い範囲でしか語られてこなかったイップスが近年、急速に市民権を獲得しつつある。たとえば芸人が、緊張してうまく話せなくなることを「イップス」と表現し、それで笑いを取ろうとする。今までにはなかった現象だ。
思い当たるのは、二人のスーパースターの告白だ。2016年3月に放送された報道番組で、まだ現役だったイチローが、高校時代にイップスになったことがあると明かし、「センスによって克服した」とさらりと語った。その翌年には、今度はプロゴルファーの宮里藍が引退会見で、パターイップスが自身の幕引きを早めたと告白した。
イチローと宮里が発信したことの意味は重い。
イップスは、その特異性から、ときに「奇病」のように語られ、「不治の病」だと言われることさえあった。しかし今、少しずつだが、その謎が解明されつつある。その先頭に立っているのは脳神経内科という医療分野だ。大阪大学の脳神経内科医、望月秀樹が話す。
「みなさん脳外科や精神科は知っていても、脳神経内科を知らないんですよね。要は『脳の内科』です。頭痛やめまいを内科的に治療したりします。脳卒中、認知症なども診ます。脳のジェネラリストなんですよ」
その望月らは論文「スポーツにおける職業関連ジストニア(イップス)」の中で、イップス症状に悩む選手の脳のメカニズムは「職業性ジストニア」を患っている人のそれと同様である可能性を指摘している。つまり、イップスも脳機能障害の一種ではないかと投げかけているのだ。
ジストニアとは、異常な緊張状態を意味する言葉だ。ちなみに、単にジストニアと呼ばれる疾患は、厳密には「全身性ジストニア」を指す。日常的に腕や首が引きつったように曲がってしまう病気だ。一方、職業性ジストニアは、特定の動作をしようとしたときにだけ小さな部位に症状が出る。ゆえに局所性ジストニアというタイプの一種でもある。