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脳機能障害と精神的ストレス

 ただし、もちろん、イップスを発症している人すべてが、職業性ジストニアだというわけではない。その内の一部の人は脳機能障害の疑いがある、ということだ。望月が言う。

「イップスは脳機能障害からくるケースと、精神的ストレスからくるケースの両方があって、それぞれの要素がどれくらいずつあるかで、症状が微妙に違うんだと思います」

 イップスの一方の極が職業性ジストニアなら、もう一方の極は単なる「あがり症」なのだという。まったく次元の異なる症状だが、その二つは同一線上にあるのだ。

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 望月らは前出の論文とは別の研究で、1500人以上のゴルファーにアンケートを取り、回答した1449人のうち39%の人がイップスを経験していると報告している。

「どんなときに出るかも聞いていて、試合のときだけ出るという人はメンタルの要素が強いんだと思う。試合でも練習でも出るっていう人は職業性ジストニアの方に近い。ただ、メンタル性でも、症状が悪くなって、職業性ジストニアの傾向が強くなる場合もあると思いますよ」

元に戻すのではなく、新しい動きを獲得

 パターイップスになったゴルファーが最初にすることは、だいたい決まっている。まずはクラブを変える。

 ゴルフ界では、国内通算四八勝のレジェンド、中嶋常幸がパターイップスにかかり、引退寸前まで追い込まれたのは有名な話だ。その中嶋は長尺パターでイップスを克服した。

長尺パターで克服した中嶋常幸

 長尺は普通のパターの1.5倍ほどの長さだ。左手で握ったグリップエンドを胸の高さで固定し、そこを支点として、軽く添えた右手で振り子のように振る。通常のパッティングとは力学がまったく異なる。道具の変更によって症状が収まった場合、望月は「脳が何らかの機能障害を負っている可能性が高い」と話す。

「長尺にすると、筋肉に信号を送る脳の領域が変わる。そうすると正常に脳のネットワークが機能するようになるんです」

 元に戻すのではなく、新しい動きを獲得すべき─。それがイップスを克服した選手の共通した意見だ。

 ノンフィクションライターの中村計さんによる「徹底研究 イップスの正体~アスリートを襲う『奇病』」の全文は、「文藝春秋」2021年8月号と「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。

文藝春秋

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イップスの正体 アスリートを襲う「奇病」