文春オンライン

2021/08/03

ある日、学校へ行く自転車のペダルが漕げなくなった

──そこまで大変な状態だという自覚はなかった?

加賀 自分としては「不調の種」があれば見つけてもらおうと整体に行くくらいの感覚で行ったのに、「種どころか咲き誇ってる」と言われた感じでした。でも眠れないのも事実でしたし、コロナでライブがまったくできなくなって、精神的にきつかったというのもありました。

 投薬も勧められましたが、できるだけ薬は飲みたくなかったので、保険の利かない自費診療で治療を受けることにしたんですけど、これがまあ高額で。3か月間くらい通ってもまったくよくならないので、さすがにおかしいと思って、知り合いに紹介してもらった医者にセカンドオピニオンを求めて行ったら、「そもそもの脳波の状態が低いので、これが加賀さんの正常な状態です」と言われて、またまた「なんじゃあ!」ってなりました。

 

──高校時代の引きこもりの時も医者に行かれたのですか。

加賀 正確には引きこもりではなく、高校に行けなくなった、というだけなんです。そもそも、自分に合わない高校に間違って入学した感じで……。両親が離婚して母子家庭だったので、母親に苦労かけちゃいけないと思って、自宅から徒歩で行ける県立高校に進学したんですけど、そこがまったく合っていなかったんです。

 父親が酒に酔うと母や僕に暴力をふるう人だったので、人が争ったり傷つけ合ったりするのがダメなんです。「高校に行ったら面白い友だち作って、大好きなお笑いの話とかしよう」と思って楽しみにしていたのに、入学式の後いきなりヤンチャな子にからまれて、「なんじゃこらあ!」って反撃したら逆に気に入られちゃって、僕もヤンキー仲間みたいになっちゃって。

 

 目指していた自分からどんどん遠くなるなあと思いながら、ある日いつものように学校に行こうと自転車にまたがったら、ペダルが漕げなくなっていました。そこからまったく学校に行けなくなって、そのまま中退。今にして思えば、「母子家庭だから電車代のかからないところ」とか、「学費の安い近くの公立校」とか、ケチるところを間違えていたんですよね。当時はそれがわからなかった。

 そんなわけで高校は辞めたんですけど、家にいるのも居心地が悪いから、アルバイトには出かけていたので、正確には「引きこもり」というのとはちょっと違うんです。でも、体が拒否反応を起こすまで自分を追い込むというのは、あの時と変わっていないなと反省しました。