「いつも一緒に行く奴が急に来られなくなってさ」
「まあ、休日にダラダラ家にいるよりいいか」そう思いなおし、Kさんはそそくさと身支度をして家を出た。
待ち合わせ場所で一人ジュースを飲みながら、まばらな車の往来を眺めていると、18時半ごろに先輩の車が目の前に停まった。
「おっす。眠れなかったんじゃない?」
「いや結構寝れましたよ! 今日はよろしくお願いします」
車内でラジオを流しながら、昨日聞いた話をなぞるようにぎこちない会話が始まった。
「いやさ、昨日も言ったけどいつも一緒に行く奴が急に来られなくなってさ」
「あー、言ってましたねぇ」
「さすがに一人で夜釣りすんのさみしくてさ。マジきてくれて助かったわ」
「いや、むしろよかったっす。でも、俺ほんと釣り全然やったことないっすよ」
「その辺は、まあ教えるよ。俺も、そんな詳しくはないんだけど」
「それ釣れるんすか!」
「あはは、まあ大丈夫でしょ!」
徐々に先輩と打ち解けていくことができ、Kさんは今日が思いのほか楽しいものになる予感がしていたそうだ。
波音しか聞こえない暗闇
とある海辺。釣り場に着くと辺りはすっかり暗くなり、景色はほとんど見えなかった。車のライトに照らされて浮かぶおぼろげな光景をなんととかつなぎ合わせても、そこは素人考えでも魚がよく釣れるような場所には思えなかったそうだ。それどころか、誰かの所有地なのではといった疑問すら浮かんだという。
思えば、来る途中も先輩は手帳みたいなものをしきりに見ながらこの場所に向かっていた。そのいまいち頼りない雰囲気にKさんは、新鮮な海の幸が一歩遠のくのを感じたそうだ。
車のエンジンを切ると、そこは波音しか聞こえない暗闇。胸につけたライトを頼りに、道端に生い茂る雑草をかき分けて防波堤のコンクリの上によじ登り、先輩から釣りの方法を一通り教わる。不安もあったが、夜の潮風を肌で感じながらの初めての経験にテンションが上がったという。
シュッ……シーーーーー!!
リールから糸を勢いよく放るのは気持ちがよかった。が、その後、いつまで待っても魚が来る気配はない。
まあ、釣りとはこういうものなのだろう。仲がいい間柄であれば、こうした時間にいろいろな会話が弾むのだろうが、T先輩とはそれほど共通の話題もないし、話題があっても2、3分で沈黙に逆戻りしてしまう。