「ほんと、あのとき入らなきゃなぁ、お前みたいにさ。お祓いしてくれる人が『あそこに入った時点でダメだ』って言うんだよ。実際、俺ほぼ飯も食えなくなっちゃったしさー」
「……」
言葉を失っているYさんに気がついたTさんは、「いや、まあ栄養ゼリーみたいなのは食えるけどな!」とはにかんで見せた。
「でも、固形物は全部吐いちゃうんだよ。霊的なものなのか、ショックによるものかはわからないけど」
「…………手、合わせたからか?」
「お、怖いこと言うなぁ、お前」
Tさんは少しずつこの数ヶ月の出来事について話してくれた。
夢を見た記憶もないのに突然飛び起きる夜
あの山に行ってから数週間後。まだまだ夏の暑さと湿気が残る時期の夜。
Tさんは腹にかけていたペラペラのタオルケットを引き剥がすように飛び起きたそうだ。
「うわぁ! …………また、もう勘弁してくれ」
こんなふうに突然飛び起きる夜がずっと続いていたという。なぜ飛び起きるのか。夢でも見ていたのか。だが、夢なんか見た記憶もない。
体も休まらず、目の下のクマは深みを増し、ついには会社の同僚から「病院で診てもらえ」と心配されるほどにやつれてしまったそうだ。だが、病院に行っても「ストレスでしょうね」くらいにしか言ってもらえなかった。
ミーンミンミン、ジジジジジ、ミーンミンミン、ジジジジジ、ミーンミ…………。
脳裏に蝉の鳴き止むあの山が、ことあるごとに蘇り始め、Tさんはあの日助手席に座っていたNさんに電話をかけた。
「俺もなんだよ、全く同じなんだよ……もう、睡眠薬まで飲んでんのにさ」
Nさんの症状はTさんと驚くほど酷似しており、かすかな好転の期待は打ち砕かれた。
ミーンミンミン、ジジジジジ、ミーンミンミン、ジジジジジ、ミーンミ…………。
Tさんは仕事を休んだ。
◆◆◆
Nからの着信
ブブブブブブブブ。
ブブブブブブブブ。
ブブブブブブブブ。
夜中に突然Tさんの携帯が鳴り、暗い部屋に携帯の明かりが青白く広がる。時刻は午前3時を回っていた。
着信はNさんからだった。