「イップス」という言葉をなんの躊躇もなく使っている記事を見かけるたびに、違和感を覚えた。じつのところ、私も5、6年くらい前までは、そうだった。「イップス」というものは確かに存在するものなのだと思っていた。その上、「不治の病」であり、治ったという人はそもそも「イップス」などではなかったのだと決めつけていた。
しかし、物事に対する見え方というものはえてしてそういうもので、調べ始めると、あるところまでは一気に詳しくなる。そして、そこを過ぎ、さらに深いところへ分け入っていくと、一転、あれもこれもわからなくなってくる。容易に語ることができなくなってしまうのだ。イップスも、まさにそうだった。
本当に“メンタルの弱さ”が原因なのか?
巷間、「イップス」と呼ばれているものとは、何なのか。もともとスポーツの世界で使われるようになった用語で、一般的には「それまで当たり前にできていた動作ができなくなること」と説明されている。わずか数十センチのパターが打てなくなったゴルファー。わずか十数メートル先の目標物にさえボールを投げられなくなってしまった野球選手。プロレベルの技術を持つ選手が、あるときから、小学生でもできそうな簡単なプレーができなくなってしまう。
それゆえ「奇病」のように語られ続け、しかし、生命に影響するような種類のものではないため専門的な見地から追究する者はほとんど現れなかった。
ひと昔前まで、イップスは、メンタルの弱さに原因があると言われていた。完璧主義者で、生真面目な人ほどなりやすいと、もっともらしい説明がなされてきた。
私も例に漏れず、その説を信じていた。
ただ、ある時を境に、強い疑念を持つようになった。
興南高校の元エース・島袋洋奨の場合
2010年、甲子園において、沖縄の興南高校が春夏連覇を達成した。その中心にいたのは身長173センチの小柄な左のエース、島袋洋奨(元ソフトバンクホークス)だった。
彼は春夏通算で全11試合に登板し、ほとんどの試合を1人で投げ切った。寒い日も、暑い日も、連日の登板になっても、先に点を入れられても、絶体絶命のピンチに立たされても、まるでマシーンのように表情を変えずに力強いボールを投げ続けた。技術と体の強さもすごかったが、何よりその強靭な精神力に畏怖を覚えた。甲子園史上、最強の投手ではないかと思った。
だから、彼が中央大学に進学し、大学3年生のとき、「どうやらイップスになったらしい」という噂を耳にしたときは、まさかと思った。私の中で島袋はもっともイップスから遠い選手だったからだ。