タイトル戦までの2人の戦い
それからとんで2017年5月7日、2人は岡崎将棋まつりで席上対局することになった。その前日イベントの休憩中、私の師匠の石田が豊島に声を掛けた。
石田「豊島君はいくつになった?」
豊島「今年27になります」
石田「27? 若いねえ」
すると間髪入れず、豊島が「いえいえ、藤井君と一回り違いますから」と返した。まだ藤井は大騒ぎされる前の16連勝中で、中学3年生の四段に対しバリバリ意識しているではないかと驚いた。
席上対局は藤井の角換わり腰掛け銀に対し、豊島は早繰り銀から完璧な指し回しで完勝した。非公式戦だったが1手の緩みもなかった。思えばこのときから藤井対策を考えていたのかもしれない。
では、6勝1敗の内容を見てみよう。
29連勝の新記録から2ヶ月後の2017年8月に初めて公式戦で対戦した。藤井のエース戦法の角換わり腰掛け銀に対し、豊島は先攻して見事な研究手順を披露する。藤井は千日手に逃げることしかできなかった。藤井が相居飛車戦の先手ですぐに千日手に持ち込まれたのは、後にも先にもこの1局しかない。指し直しは豊島が逆に角換わり腰掛け銀を採用、これまた見事な攻めで豊島が完勝した。
その後、藤井は新人王の記念対局では豊島に勝ったが、公式戦では勝てなかった。その謎を解く鍵は戦型選択にあった。
「8分の3」と豊島6連勝
2局目の2019年5月銀河戦、同年10月王将リーグ、2020年王将リーグ……。
対藤井戦の先手番3局では、豊島はすべて相掛かりを採用しているのだ。豊島は相掛かりの採用率は低く、三段時代の新人王戦や千日手、持将棋の指し直しも含め、手元のデータベースには790局近いデータがあるが、先手で相掛かりにしたのは8局しかない。そして、その内の3局が藤井戦なのだ。「8分の3」は偶然で片付けていい数字ではない。明らかに対藤井用の作戦だ。
また、後手でも作戦を変えている。2020年9月のJT日本シリーズでは、豊島は横歩取りを9ヶ月ぶりに採用したのだ。豊島はその後現在までで2局しか採用していない。
終盤の内容を見ると、竜王戦決勝トーナメントでは終盤の競り合いを豊島が制し、JTは藤井にも勝機があったが逃し、そして2020年10月の王将リーグでは終盤はっきり藤井の勝ちだったのにもかかわらず逆転負けを喫している。この将棋は豊島への苦手意識があったと言わざるを得ない大逆転だった。
杉本は「悔しそうな表情を隠さなかったですね。納得のいかない将棋を指してしまったという無念さが伝わってくる雰囲気でした」とコメントしている。この敗戦により、初めてリーグ陥落を味わうことになった。つまり豊島が徹底的に藤井対策をして、なおかつ藤井得意の終盤戦でも豊島が競り勝っていた。それが6連勝の理由だ。