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党内基盤のない土井路線はポスト土井に引き継がれず

 しかし、市民運動や社会運動を惹きつけ、議員が増えて路線転換に有利な状況であったにもかかわらず、土井委員長時代にこうした転換は起こらなかった。土井が無派閥で党内に基盤がなく、どちらかといえば左派に支えられていたからである。また、彼女は路線問題について、かたくなであった。

 野党共闘については、土井が、憲法との関係で安保・自衛隊を認めなかったり、朝鮮半島に韓国の存在を認めなかったり、原発の稼働を認めなかったりと「現実主義化」に抵抗したため、1989年9月の公明党・民社党・社民連との政権協議に向けた「土井ビジョン」は、各論ではこうしたものを認めたにもかかわらず、他の野党を惹きつけることができなかった。

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 参議院選挙で多くの党外候補が当選したが、それに対して党内は複雑であり、衆議院選挙に向かって、女性を含む新しい種類の候補の擁立に、必ずしも積極的ではなかった。また、次の委員長になる田辺誠などは、1989年の勝利を、女性や市民と結んだことではなく、右傾化しながら連合に統一された労働戦線の動きに求めた。つまり、労組と強く結び、社公民の枠組みでの連合型候補を出そうとした。

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 このように、保守化する労組に固執するという誤った路線により、女性を候補者にリクルートし、市民と結んでいく土井路線は、ポスト土井において引き継がれなかったのである。

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