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「よく『奥さんがさせてくれん』ちぼやきよったね。あと、フィリピンのニューハーフの子とも付き合(お)うてたことがあって、『一緒に寝て、朝になったら髭(ひげ)が生えとるとばい』とか話しよった。あの事件はカネ目当てやなくて、並外れて強い性欲が起こしたもんやと思うよ。結局おばあさんやったら、せんやったでしょ。若い人ばかり選んでやっとるから。昔からあん人のことは知っとるけど、やっぱ性欲が理由よ」

被害者の赤い携帯電話をいじっていた

 一方、犯行の最中から逮捕直前まで鈴木が顔を出していたスナックでは、彼が猥談を口にすることはなかったようだ。同店のママは話す。

「鈴木が来るときは、たいてい同級生か他のスナックの女の子と一緒でした。彼はいつも店の女の子やらにも『飲め、飲め』って気前がいいんやけど、事件のあとで同級生と来たときには、初めてカリカリしとる姿を目にしました。なんかが理由で女の子にキャンキャン言うて、その子が『あの人につけません』て泣きついてきたんで、私が代わったんです」

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 その日の鈴木は、ママが横につき、彼が18番とする浜田省吾の『J.BOY』や『もうひとつの土曜日』などを歌って機嫌が戻ったらしい。

©️iStock.com

「逮捕の後で思い出したんですけど、そういえば事件後に店に来とったとき、鈴木が赤い携帯をいじりよったんです。それで私が『(携帯電話)2台持っとうと?』って聞いていました。向こうがなんて答えたか憶えとらんのやけど、あれが被害者の携帯やったと思うと、複雑な気持ちです」

 祥子さん(仮名)殺害後、事故を起こして運送会社をクビになった鈴木は、この街のスナックで土木作業員の仕事を得ていた。当時、直方市内で土木建築会社を経営していたスナックママの店に、若い知人に連れられて現れたのだ。ママは当時を回想する。

「うちに来たのは(05年)1月22日か23日でした。店を手伝っていたうちの娘が、鈴木の子供が通う保育園で保育士をしよったんです。それで『××くんのお父さん』という具合に憶えていました。その日は普通に飲んで、大声で歌っていたんですけど、それから3日後くらいにやってきて、勤め先を辞めて、仕事を探している、と。子供もいるから大変だということで、それならうちの会社で土木の仕事をやってみるね、という話になったんです」