1ページ目から読む
5/5ページ目

「謝罪は一切ないです」

「こっちに来て3、4年くらいしたら、私も鬱(うつ)のような状態になってしまい、そんな体調で役所の仕事をしたら迷惑がかかるということで、5年くらい前に辞めたんです。それで義理の母がやっていた、ここ(民宿)をやることにしたんです」

「それはやっぱり事件が関係しているわけですか?」

 私が尋ねると、高志さんは頷いた。

ADVERTISEMENT

「そうですね、そうだったと思います。当初はまあ、うちは妻の方が錯乱状態というか、そんときはずっと私がしっかりしとるつもりやったとですけど、だんだん今度は私が具合悪くなっていって……」

 現在は夫婦でここに住んでいるという。気になっていたことを訊いた。

「ところで、鈴木からの謝罪というのはあったんですか?」

「いえ。一切ないです。実家からも連絡はないです」

 間髪(かんはつ)を入れずに答えが返ってきた。私はすぐに言葉を返すことができない。すると高志さんが口を開いた。

「いまも事件のことというか、まだ奈美が帰ってくるかもというか……そういう思いしかないんです」

「それは奥様も同じで」

「うーん、そうだと思いますね。こうしてるあいだにも、ひょろっと帰ってこんかなって。そういう気持ちがまだあって、死んだよっていうのをまだ受け入れきらんていうか……それがずっとあるんですよね。けど、どっかで区切りばつけんといかんとは思うとるとですけど……。まだなかなかそうはいかんですね。気持ち的には」

 苦渋に満ちた表情の高志さんを目にすると、これ以上、質問を重ねることはできなかった。私が「今日はお辛いことを思い出させてしまって申し訳ありません」と口にすると、高志さんは目を潤(うる)ませて声を絞り出した。

「ごめんね、まだ泣けてくるんでね……」

 頭を下げて、民宿を後にした。

*2019年8月2日に鈴木泰徳の死刑が執行された。

連続殺人犯 (文春文庫)

小野一光

文藝春秋

2019年2月8日 発売