戦後76年が経過したこの8月。例年ならばこの季節に放送される、太平洋戦争に関するドキュメンタリー番組が極端に不調だった。東京五輪・パラリンピックの放送の余波で、報道番組の放送枠そのものが大きく減ってしまったことが背景にある。くわえて内容的にも、これというものが見当たらなかった。

 そうしたなか、現在も日本社会に大きな影を落としている「感染症」という観点で太平洋戦争をとらえ直した番組が目を引いた。旧日本軍が推進していた“ワクチン開発”と効果を知るための“人体実験”などの知られざる事実を提示したドキュメンタリー番組だった。

「感染症に斃れた日本軍兵士」(NHK BS1スペシャル)より

 NHKが8月22日にBS1スペシャルで放送した「感染症に斃れた日本軍兵士」だ。前後編を合わせて1時間40分になる長尺のドキュメンタリーだが、丹念な取材で発掘した新しい記録や証言で事実を示していく展開は、とてもスリリングで見応えがあった。

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 前編の50分の副題は「マラリア 知られざる日米の攻防」だ。

「感染症」で“いま”とつながっている“戦時中”

 いま、世界各国が新型コロナウイルスという「感染症」の対策におおわらわだ。番組では太平洋戦争中も「感染症」で命を落とした人が日本軍にもアメリカ軍にも相当数いたことが明かされる。日本軍の餓死や戦病死は、戦没者の6割にも達したとも言われている。特にマラリアは脳にまで影響して兵士が銃で暴れたりするので恐れられた。旧日本軍で消毒など感染症対策に従事したのが「防疫給水部」という部隊だった。

 1942年、シンガポールを陥落させた日本軍は医科大学を接収し、「南方軍防疫給水部」の本部を置いた。建物は現在、シンガポールの保健省になっているが、ここで破傷風、天然痘、ペスト、マラリアなどが研究されていたという。この本部から、タイ、フィリピンなど日本軍が占領した東南アジア各地に支部を設けて広げていった。その主な任務は、戦場で汚水を濾過して感染症予防を行うこと。

南方軍防疫給水部本部があったシンガポールの保健省の建物 「感染症に斃れた日本軍兵士」(NHK BS1スペシャル)より

 陸上自衛隊衛生学校には、当時の「医療用石井式濾水機」が保存されている。この石井とは、中国人捕虜に対する人体実験で悪名高い「731部隊」を率いたとされる石井四郎元中将。濾水機は、彼と軍医学校が開発したという。石井四郎という名前が出てきて筆者には衝撃的だった。マラリア感染対策でも彼が関与していたのか――。