日本軍のワクチン接種によって、400人近いインドネシア人の労働者が命を落とした。それなのに遺族に事件の詳細が報告されることはなかった。歴史の闇に埋もれていた事実を番組は浮かび上がらせた。従軍した元兵士がすでに100歳という年齢になっていることを考えると、彼らが存命中にこの報道をなし遂げた意義は大きい。
歴史の闇の中で人生を翻弄された人々の「生き様」
番組を制作したのは、金本麻理子さんという女性で「椿プロ」という制作会社を経営し、ドキュメンタリー作品の多くのパートを自分で撮影、編集する自己完結型のドキュメンタリー制作者だ。様々なコンクールでグランプリに輝いた「賞獲り女」でもある。最近も、昨年放送された「レバノンからのSOS~コロナ禍 追いつめられるシリア難民~」(NHK BS1スペシャル)などの作品が評価されて、「放送人の会」で2021年のグランプリに選ばれたばかりだ。
中東やアジアなどの国外取材を得意とし、シリア難民の窮状や第2次大戦の秘話などを発掘してくる。その仕事量や質の高さは圧倒的で、民放はもちろんのこと、NHKを見渡しても、たった一人でここまでやれる人は筆者も見たことがない。少なくとも局の職員や社員には存在しない稀有な才能なのは間違いない。
今回も、新型コロナウイルスで注目が集まる「感染症対策」という視点から、旧日本軍が関与したと思われるワクチン開発や人体実験の疑惑をテーマにして手腕を発揮した。本当に見事な取材力だ。
旧満州で中国人捕虜をマルタと呼んで細菌兵器の人体実験をして命を奪っていた731部隊の人脈が、東南アジアでも人体実験で労働者を大量死させたばかりか、地元の研究者に濡れ衣を着せていた疑惑に光を当てた。調査の過程でモホタルが一緒に逮捕された家族の命を救うために自分一人が罪を背負うことを覚悟していたらしい事実も明らかになる。
歴史の闇の中で人生を翻弄された人々の「生き様」も伝わってくる、すぐれたドキュメンタリーだ。金本さんが撮影した豊富な映像素材を構成・編集する過程では、NHKで歴史証言ドキュメンタリーを制作して数々の賞に輝いている塩田純、東野真の両チーフ・プロデューサーが助言している。歴史ドキュメンタリーに関してテレビ界のレジェンドとも呼べる制作者が力を結集させたような作品だった。戦後76年目を迎えたこの8月、筆者が見た戦争もののドキュメンタリーの中ではピカイチの出来だった。
番組は、8月29日(日)午前0時~午前1時40分(100分)に再放送される。NHKオンデマンドでも前編と後編それぞれが視聴可能だ。