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――それほど衝撃的な体験だった、と。

森口 幼くして「生バンドとお客さんの拍手に包まれる快感」を知っちゃったんですよね。興奮して血が騒いで、幸せな気持ちでいっぱいになるんです。あのゾクゾク感が忘れられなくて、それを今でも味わいたくて歌っています。ライブの原体験になっています。

――幼稚園からテレビの歌番組に出演している子は多数派ではないと思いますが、レッスンなどは受けられていたんですか?

森口 幼稚園のときはただの歌うのが好きな子どもでした。小学校に入ってからはボイストレーニングやダンスレッスンに通うようになったんです。スカウトされて月謝が免除になり家計的にも助かりました。中学校からは福岡のスクールメイツに入りました。大好きな松田聖子さんや近藤真彦さん、シブがき隊が福岡でコンサートを開く時に、ステージのバックで踊らせてもらったこともあります。

森口博子さん ©文藝春秋 撮影・三宅史郎

「あ、私、大したことない」って気づいちゃって

――憧れのアイドルはやっぱり松田聖子さん?

森口 もちろんですよ! 私が小学校高学年の時に聖子さんがデビューして、『あんなキラキラしたフリフリのドレスを着た可愛いアイドルに私もなるんだ!』って信じていました。聖子さんが福岡に来た時に、スクールメイツはタレントに話しかけるのは禁止されてたんですけど、目が合ったんですよ。私は緊張しすぎて固まっちゃったんですけど、聖子さんがこっちを見てニコって笑ってくれて……。もうなんていうか、微笑むだけで人をこんなに幸せな気分にできるアイドルが世の中にいるのか、って衝撃を受けました。

――デビューしてから番組で一緒になった時はどうでしたか。

森口 「ミュージックステーション」とか歌番組で何度か共演させていただいて、もちろん私が大ファンだってことはもう聖子さんもご存知で、あの時と同じようにニコっと微笑みかけてくださって。お誕生日にプレゼントをお送りしたら「博子ちゃんへ いつも元気をもらっています」とお手紙と一緒に聖子さんブランドのGジャンをいただいたこともあります。ずっと宝物のように大事にしています。

――松田聖子さんはまさにアイドルブームの頂点でした。

森口 聖子さんを目指して、中学校に入ってオーディションを受けるようになって現実にぶちあたりました。クラスメートからは「あの歌を歌って」なんて言われて舞い上がってたんです。教室がオンステージになって。でもオーディションに行ってみたら「あ、私、大したことない」って気づいちゃって。