文春オンライン

終わらないアップリンク問題 ハラスメント告発のあとに

2021/09/05

“映画愛”というロマンに隠された犠牲

 浅井隆氏は、寺山修司主宰の劇団天井桟敷などを経て1987年にアップリンクを設立、国内外のアートフィルムやドキュメンタリーなど小規模のインディペンデント映画を数多く世に送り出してきた。1995年、神南の事務所ビルに〈アップリンク・ファクトリー〉を開設、宇田川町へ移転後〈アップリンク渋谷〉となり、ミニシアターの代表格と認知されるようになった。2018年には〈アップリンク吉祥寺〉、2020年6月には〈アップリンク京都〉を開館するなど、映画業界において依然、存在感を示している。

 一方、そのように業界内で評価されてきたことが、結果的に不健全な権力のあり方を放置することにつながったと言えるかもしれない。

「業界内では浅井さんを、映画愛にあふれた人物として、神格化していた面があったように思います。たしかに浅井さん自身は映画愛というロマンの世界で生きてきたのかもしれませんが、一方にはそのために犠牲を強いられてきたひとたちがいる。なぜそれが表立って問題にされてこなかったのかというと、浅井さんの周囲のひとたちも映画愛という高揚のなかにいて、その背後にいる被害者の存在に目を向けてこなかったからではないでしょうか」(UWVAH・浅野百衣さん)

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「映画や演劇や音楽など、カルチャーの世界でこうした問題が起きやすいのは、ある種のロマンティシズムと密接に結びついているからですよね。カルチャーはひとの思想や生活と切り離せないものだからこそ、それを人質にとってハラスメントが正当化されてしまう」(同・錦織可南子さん)

浅井氏が発表した「5つの対応策」への疑問

 UWVAHによる告発の3日後、浅井氏は声明を発表。従業員や関係各所へのお詫びを記すと同時に、今後の自身と会社の変革に向けた対応策として、「外部委員会の設置」「通報制度・窓口の設置」「社内体制の改革・スタッフとの定期的な協議」「取締役会の設置」「セミナー、カウンセリングへの参加」という5つの項目を示した。

 この声明に対し、UWVAHは、浅井氏が示した対応策のほとんどがUWVAH側から提案したものであることを明かし、「一方的に声明というかたちで公表したのは、浅井氏の発案と誤認させるもので、私たちの提案に対する重大な裏切りでもあります」と綴っている。

 同年10月末、浅井氏から「直接の謝罪の機会を経て、その後、訴訟外での和解協議が合意に至った」と説明がなされた。ただし、6月の時点でUWVAHが言及した「裏切り」行為には触れず、前回示した対応策の改訂版を併せて公表した。

 UWVAHは、7月末に浅井氏から直接謝罪を受けたものの、「まるで他人事であるかのように自身の加害行為について分析し、原告の訴えた被害から目を背ける持論を展開」する一幕があり、「また被害の訴えを『勘違い』であると受け取り方の問題にすり替える発言もありました」と書いている。そして、裁判が必ずしも望ましい結果にならないことや、在籍中のスタッフの負担が軽減される仕組みをつくることのほうに意味があるという判断から和解協議に合意したことを説明しつつ、「私たち原告は、『円満』にも、そして『全ての問題が解決した』とも考えておりません」と所感を述べた。