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「ハラスメントの件に関する取材はすべておことわりしています」

 緊急事態宣言下の5月20日。筆者は、この日閉館となるアップリンク渋谷を久しぶりに訪れた。朝から雨が降っていたが、入口の前にはスマホで写真を撮るひとの姿が絶えない。来館に先立ち、浅井氏および経営にかかわる社員へのインタビューを申し込んでいたが、「ハラスメントの件に関する取材はすべておことわりしています」とのことで実現しなかった。

 併設されたマーケットには、アップリンク設立のきっかけとなったデレク・ジャーマンの映画DVDや書籍が並んでいた。性的マイノリティの自我を表現に昇華したデレク・ジャーマンに深く共鳴し、少数者の声に耳を傾けること、多様な価値観を認めることを謳ってきたはずの浅井氏のハラスメントは、この場所を愛した映画観客に対しても許しがたい「裏切り」であることをあらためて感じずにはいられなかった。

 浅井氏は、1999年時点のインタビューでこう語っている。

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「だいたい、サラリーマンが嫌なので、人を雇うということも自分には一番遠いことのようにいつも思えてなりません。理想は、プロ・スポーツの選手みたいにプロフェッショナルの個人経営者の集団かな。アップリンクと契約して、自分のやりたいことをプロフェッショナルにこなせる社員ですね」(「DICE」30号)

 理想を語るのはよい。しかし、浅井氏は自身にとって「一番遠いこと」であるはずの「人を雇う」ことによって会社組織を運営してきた。ならば労働者を雇用する経営者として最低限の責任をはたすことを優先すべきだろう。

 その後の具体的な発信もなく、取材も拒否されている状況下で、アップリンクの労働環境の改善は声明どおりはたされているのか、不安は募るばかりである。問題が解決されていない以上、映画ジャーナリズムには、このことを風化させないために発信をつづけていく責任があるはずだ。

状況の改善のために必要なこと

「ハラスメントの問題が取り沙汰されたときに、業界のなかにいる人間が、自分たちはハラスメントを断固として許さない、ハラスメント防止のためにこういう取り組みをしている、と発信することがまずは大切だと思います。アップリンクの問題にせよユジクの問題にせよ、個々の事案に対して第三者が具体的なアプローチをするのは難しくても、同じ業界に身を置く者として、自分はどう思うのか、自分ならどうするのかを明らかにすることが、状況の改善のために、また映画界に対する不信を払拭するために必要ではないでしょうか」(降矢聡さん)

UWVAHによる〈映画業界意識調査アンケート〉の回答が掲載された「シモーヌ VOL.4」

 先頃刊行された「シモーヌ VOL.4」(現代書館)には、UWVAHが雇用者(配給会社・劇場)と労働者に対して実施した〈映画業界意識調査アンケート〉の回答が掲載されている。雇用者への質問には「御社にはセクハラ・パワハラ被害に遭った従業員が安心して相談できる窓口などを設けていますか?」という項目もあるが、回答した12社のうち「設けている」と答えたのはわずか3社となっている。

 コロナ禍のなか、映画ファンの多くは、SNSで「映画館を、映画文化を守れ」と声を上げ、SAVE the CINEMAなどの有志による支援活動も活発化した。映画が守られるべき文化だとすれば、その文化を届けるために働いているひとびとの生活が第一に守られなければならない。映画のためにひとがいるのではなく、ひとのために映画があるのだから。