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8月22日・叡王戦第4局(豊島先手) 【金引きの謎】

 豊島は前局の敗戦の雪辱をと、またも相掛かりを採用する。これで豊島は相掛かりを採用した10局中5局が藤井戦だ。 

 序盤、藤井がタテ歩取りにしたところまでは両者とも実戦経験がある。ここで豊島は前局に引き続き角交換して未知の将棋に持ち込んだ。その後、先後同型に戻るが、藤井は同型追随をやめて端に桂を跳ねて動いた。「後手番は積極的に」の信念通りだ。

先手番の豊島は、再び相掛かりを採用した 写真提供:日本将棋連盟

 だが、これは豊島が仕掛けた罠だった。歩の合わせを誘って▲7九金と金を引いたのが絶妙の手順だった。藤井はこの手を明らかにウッカリしていた。飛車取りに歩を打たれ、金が取れないので決戦できない。やむを得ず飛車を逃げたが、これでは端桂のキズが残っただけだ。

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 その後の豊島の指し回しは完璧だった。飛車交換後に歩であの桂を召し上げて差を広げていく。そして藤井が飛車を打ち込んだのに対し、竜を自陣にひきつけ、相手の桂の利きに角を打って飛車を捕まえたのだ。絶対に負けないという気迫あふれる手順で藤井を諦めさせた。

 ところで金を引く手はわずか3分、その時点での消費時間の通計は21分47秒だ。なぜこんな短時間で勝着を指せたのか? その理由は事前研究だけではない。豊島は▲7九金を過去に経験しているのだ。

「金を引いて陣形を引き締め、離れ駒をなくして攻めに備える」。この手を豊島は11年前の20歳のときに塚田泰明九段との竜王戦で指している。つまり豊島には「経験の差」があった。キャリア14年半の豊島とキャリア5年の藤井では経験値は比較できない。

 藤井将棋を徹底的に分析し、経験が生きる形に誘導し、「60%以上の勝率で中盤を乗り切り、終盤に時間を残し、2手以上差をつけて勝つ」という極めて困難なミッションを完遂した。

 藤井は新人王戦決勝三番勝負を2連勝で勝って以来、番勝負で2敗したことがない。

 藤井にとって初めてのフルセットになった。

カド番だった豊島が、フルセットに持ち込むことに成功した 写真提供:日本将棋連盟

8月24~25日・王位戦第5局(藤井先手) 【長考合戦、そして豊島の見落とし】

 藤井が相掛かりからDL(ディープラーニング)流の端歩突き。相掛かりは序盤の分岐が多いが、藤井は必ず9筋の端歩突きでスタートする。対して豊島は歩損作戦を選んだ。豊島は竜王の防衛戦で羽生相手に採用していて経験がある。というよりも、7月30日に行われた王将戦2次予選、藤井対石田直裕五段戦と同じ将棋をあえて選んでいる。

 その将棋から藤井はさらに工夫したが、それも豊島の想定内で序盤から緊迫した展開に。

 そして、41手目に藤井はこんこんと考えた。昼食休憩を挟んでデビュー以来最長の121分の大長考で、指したのは歩を突いて飛車の横利きを通す普通の手だ。藤井はその次の手にも1時間考えた。豊島も長考し、113分もの大長考でふたつ角を上がる。濃密な2人だけの時間。

写真提供:日本将棋連盟

 序盤の長考合戦を見て、27年前の同じ王位戦七番勝負で相掛かりの将棋を思い出した。