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 なぜ藤井にはタイトルホルダーの「2年目のジンクス」がなかったのか。いくら藤井が規格外とはいえ、まだ10代の若者だ。しかも、タイトルホルダーとなったことでこなさなければいけない仕事が山ほど増えた。将棋連盟常務理事の鈴木大介九段に聞くと、藤井への取材等の依頼は3桁以上、つまり100件ではきかないという。

 しかも、藤井はCMをこなし、公務もこなし、その上非公式戦のABEMAトーナメントでも手を抜くことなく優勝した。その謎について、何人かの棋士・関係者に聞いて、ベテランの記者さんから言われた言葉が印象に残っている。「藤井さんは将棋の真理を追求したいとか、勝ちたいという気持ちはあっても、タイトルを取りたいとか防衛したいとかは思っていないのでしょうか?」と。

 記者会見で藤井が振り返ったのは負けた第1局だった。勝ったことよりも負けたことの反省をした。そして、「結果を出すことができてホッとした気持ち以上に、トップのお二人に番勝負で対戦する機会を得て、自分に足りない部分が新たに見つかりましたので、それを今後に生かしていければと思います」とも。

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 棋聖を防衛したときも、「結果ばかり求めていると逆にそれが出ない時にモチベーションを維持するのが難しくなってしまうのかなと思っているので、結果よりも内容を重視して、1局指すごとに改善していけるところも新たに見つかると思うので、それをモチベーションにやっていきたい」と答えていた。

 藤井は、名人や竜王らトップ棋士たちとの真剣勝負が指せて嬉しいのだ。楽しいのだ。

 だからプレッシャーを感じなかった。忙しくて研究する時間がなくとも、研究会ができなくとも、 公式戦が鍛える場になっているのだ。

 藤井はもう、攻め急いでつんのめることはないだろう。

 どんな戦法をやられても驚くことはないだろう。

 金を引いて陣形を引き締める手筋は二度と忘れないだろう。

 そして、相手に手番を渡すことを恐れないだろう。この戦いで藤井は明らかに強くなった。

永瀬は経験値の差で勝負しようとした

 最後に永瀬拓矢王座との竜王戦挑戦者決定三番勝負についても触れたい。

 第1局、永瀬は公式戦で9年ぶり(!)に先手三間飛車を採用した。永瀬はもともとは振り飛車党で「大山康晴名人の再来」と言われるほどの受け将棋だった。三段リーグで昇段を決めた佐々木勇気戦も三間飛車だった。

 逆に藤井は、公式戦で先手三間飛車と指すのは7局目で1年以上も経験がない。

 その経験値の差で勝負しようとした。さらに相穴熊の長い戦いに誘導した。藤井は終局が日付を超えたのは過去5局しかない。藤井が四段になる前に順位戦のB級2組以下がチェスクロック使用になったからだ。

 一方、永瀬は何十局も経験している。 

 狙い通り、中終盤のねじり合いで藤井の持ち時間を削った。藤井の指し回しが精密だったので形勢は不利だが、永瀬の思い通りの展開だ。あと100手粘って勝つ、いや持将棋で指し直しにしてとことんまで長くする。そんな意志を感じさせる粘り強さを見せた。そして、藤井を1分将棋に追い込んだ。