「トップの関与」を認めた山口組系の裁判の前例

 死刑判決となった今回の裁判で対象となったのは以下の4事件だった。 

1 元漁協組合長の男性射殺事件(1998年2月、北九州市)

2 元福岡県警警部銃撃事件(2012年4月、北九州市)

3 看護師の女性刺傷事件(2013年1月、福岡市)

4 歯科医師の男性刺傷事件(2014年5月、北九州市)

北九州市の元漁協組合長が射殺された現場 ©️時事通信社

 いずれの事件についても実行犯として工藤会系組員らが逮捕され、有罪判決が確定していた。ただ野村らトップについては不問に付されていた。

 暴力団が引き起こす事件については、トップの指示や事前謀議が大いに推測されるが、多くの事件では、実行犯は逮捕されても上層部の関与については黙秘を続けるため、突き上げ捜査は頓挫。トップの立件には至らないのが通例だった。工藤会の一連の事件も同様だった。

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 だが、こうした前例を覆す司法判断が2014年1月、大阪高裁で下されていた。当然、福岡県警など捜査当局が注目することとなった。

 この事件は、2007年5月、神戸市内で発生した。国内最大の暴力団である山口組傘下の山健組系多三郎一家総長の後藤一男が刺殺された。犯行に及んだのは同じ山健組系健国会の組員たちで逮捕され有罪が確定した。

 後になって健国会のトップ、会長の井上国春も逮捕された。しかし、神戸地裁は2012年2月、井上が携帯電話で後藤の居場所を現場の組員に伝えたとする検察側主張を退け、「被告の指揮で殺害が実行されたとするには疑いがある」と判断。懲役25年を求刑されていた井上に無罪判決を言い渡した。

 しかし、大阪高裁は井上に対して懲役20年とする逆転の有罪判決を下した。井上が絶対的な支配力を持つ複数の配下の組員が事件に関与している点や、事件直前に井上が後藤と一緒に行動していた点などから「電話で現場の(実行犯の)組員に(後藤の)居場所を伝えた」と共謀を認定した。

 さらに、判決理由では「組員が井上の命令に基づかず殺害したというのは不自然で、通常あり得ない」「暴力団組織としての秩序維持が動機の可能性が高い。市街地の事件で市民に与えた恐怖も計り知れない」と述べた。

2010年4月、西部ガスへの発砲事件で工藤会会長宅に家宅捜索に入る福岡県警の捜査員ら ©️共同通信社

 工藤会による一連の事件でも、検察側は多三郎一家総長殺害事件の判例をもとにして、トップの意志には絶対服従の工藤会の組織性について、法廷で約90人の証人尋問を通じて立証していった。こうした立証活動は裁判所に受け入れられ、野村の判決理由でも、多三郎一家総長殺害事件と同様の趣旨が述べられた。