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ウイルスセンター長が警報を鳴らす「空気感染を認めないと、防げるものも防げなくなります」

『亡国のオリンピック』より#2

2021/10/06

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 読書, スポーツ, 社会, 医療, 国際, 政治, 経済, 歴史

空気感染を認めない「感染症の専門家」たちも

 しかし、実際にはこのコロナに関してはそんなレベルの話ではないし、科学としては、事実を認めることが一番大事なのです。そもそも空気感染を認めない「感染症の専門家」たちは、行政のように民心のコントロールとか、そういう感覚で空気感染説に反対しているのではない。彼らの頭の中には、空気感染を起こすのは麻疹(ましん)、水痘、結核、この3つだけ、という古臭い教えがあるだけで、空気感染の定義すらない。

 CDCやWHOも、最初は空気感染を否定していました。しかし、彼らの態度が変わったのは、我々の仲間が内々に各組織の相手を説得した結果です。きちんと話せばわかる。

 勉強を怠っている人は、20世紀初頭にミアズマ説を排除した権威が書いた教科書を丸暗記するだけで終わっている。教科書を覚えることなら医療関係者は得意です。ただ彼らも、きちんと説明すればわかる。CDCやWHOに人格があるわけではありません。その中でいろんな人間がディスカッションして、方針が決まる。ですから、そういう人たちをうまく説得できれば、どんどん変わっていきます。

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パニックを起こさないような説明が必要

──一時、日本の報道機関は「マイクロ飛沫」感染という聞きなれない言葉を使っていました。最近は耳にしませんが、これは何なのですか。

西村 「マイクロ飛沫」には何の定義もなく、その場で作った言葉でしょう。空気感染と言ったら影響が大きいので、こんな言葉を使っているのだと思います。

 日本が残念なのは、新型コロナ対策でも、感染症や公衆衛生に関連するような名前を冠した学会の立派な肩書の人たちが中心になっていることです。彼らは耐性菌などの接触感染の仕事の系譜にいる。専門家として国の感染症対策のあらゆるところを仕切っていて、空気感染を考えられる人が入っていなかったのが一番の問題です。

 これは今に始まったことではなく、新型インフルエンザの時も、同じような顔ぶれが重要なのは手洗いだと繰り返しました。特にNHKが選ぶ感染症の専門家はその関係の人が多い。そのため、一般市民や行政関係者、政治家、そして末端で現場を指導する立場の人たちまでもが、それを正しいと信じて疑わない。お偉い専門家の方々がそう言うんだから、と。しかし、真実を知っている呼吸器ウイルス系の人たちは怒っていました。手からなんて感染しないのに、と。

 誤解してほしくないのは、私は、手洗いは不要と言っているわけではないのです。手洗いで防げる感染症はたくさんある。だけど、それだけに固執していたら一番大事なところが抜けてしまう。手を洗うといいですよ、というのは視覚的にもすごくわかりやすい。子どもたちに石鹸で手を洗わせ、その映像を使えば、すごくわかりやすい。そういうものが当たり前のものとして認知された後、空気感染だと説明するのは大変です。相当、準備が必要です。パニックを起こさないような説明の仕方、うまいプレゼンの仕方を考えなくてはなりません。