そして翌朝も、魚の骨は取れていない
次の日、早朝に目が覚めた。すぐにわかった。魚の骨は取れていない。寝てる間に取れてくれるか、どこかで骨が喉に刺さったことが夢であってくれとも思っていたが、魚の骨が喉に刺さったという事実は確実にあったのだ。その日は朝から仕事だった。仕事は嫌いではないし、むしろ好きだ。しかし、それは魚の骨が喉に刺さっていない状態でする仕事が好きなだけであって、魚の骨が喉に刺さった状態でする仕事は辛いものでしかない。むしろ、魚の骨が喉に刺さった状態で仕事をするなら、魚の骨が喉に刺さっていない状態の無職の方がマシである。
だがそうも言っていられず仕事に行き、どうにか痛みに耐えながら仕事を終わらせた。その後で、僕はもういっそのこと病院に行くことにした。
耳鼻咽喉科を携帯電話で調べて電話したが、やっていなかった。運悪く、その日は祝日だったからだ。何が祝日だよ! 人が魚の骨が喉に刺さって苦しんでる時に祝ってんじゃねぇよ! と、僕は思った。しかも海の日だったのだ。魚の骨と休診日という、とんだ海からの贈り物である。
何軒も病院を調べたが、どこもやっておらず絶望していると、一か八かの手段を思いついた。行きつけの歯医者なら骨を抜いてくれるんじゃないかということだ。早速、歯医者に電話すると「見ないとわからない」ということなので僕は歯医者に向かった。
魚の骨が喉に刺さるという災厄を終えて
歯医者に着くなり「どうぞ」と案内され、治療室に通される。そして先生が来て、喉の奥を明かりで照らしながら覗くと「あー。刺さってる刺さってる」と言った。そして長めのピンセットを取り出し、その骨を摘んで、引き抜いたのだ。一瞬痛みが走ったものの、今までの痛みが喉の奥からかなり消えたことに気づく。その後、先生が念入りに僕の喉の奥を見て「これで大丈夫だと思う」と僕に言った。先生のその言葉に僕は安堵した。
すると先生は「喉は大丈夫だけど、虫歯になりかけの歯があるからついでに治療しとくね」と言いながら、歯の治療を始めた。素晴らしい。ここは歯の治療もしてくれるのか。いい魚の骨抜きクリニックだ。治療が終わると、先生が「骨は抜けたけど、刺さってたところが傷になってるから、まだしばらく少しだけ痛むと思うけど2、3日したら治るから」と僕に告げた。そして僕は歯医者を後にした。
楽しかった日常が一瞬で暗い日々に変わってしまうことがある。自分は大丈夫、と思っていても、魚の骨が喉に刺さるというのは誰にでも起こりうる災厄なのだ。
そして骨が抜けた後もしばらくは気持ちが沈んでいたので、あまり何かを食べる気になれず、少し体重が落ち、僕はダイエットに成功したのだった。
(撮影:山元茂樹/文藝春秋)
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