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どんなインタビューでも、「手土産」がある

「アルゼンチンタンゴの練習はどうでしたか?」という質問は雑誌側にとっては外せない質問だが、答える側にとっては10や20では聞かない繰り返しの答えだ。だが、読むだけで気が滅入るほどくり返される質問に、木村拓哉は身を乗り出すように熱をこめて答え、大手名門でない雑誌のインタビュアーに対しても、他の取材で話していないことを何かひとつ、手土産のようにインタビュアーに明かす。

 彼が話すことの多くは自分のことではなく、自分の周囲の社会と人間のことだ。続編の撮影で再会した小日向文世が「だから俺、これは続編あるって言ったじゃん」と前作のヒットをベテランらしからぬ無邪気さで喜んでくれたこと、今作の映画撮影班に1人の新人女性フォーカスマンがデビューし、その新人とベテランの叱咤に俳優たちもインスパイアされたこと、「爪痕を残す」というエゴイスティックな表現が俳優として好きではなく、そういうエゴではなく作品のために自分の演技を献げることのできる長澤まさみがいかに素晴らしい女優であるかということ、コロナ禍にあえぐ社会の中で、今芸能界について考えていること。

 それらは木村拓哉という人間の感覚が「自分以外の世界」に開かれ、その距離を繊細に測っていることの証だ。

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「木村さんは、ひとりひとりのことを、ものすごく敏感に、細やかにみてくださっているんです」ドラマ『教場』で共演した川口春奈が、WEB記事のインタビューでそう語ったことがある。

インスタ

「『大変な時期があっていいんだよ』って。私は、人に弱音を吐いたり、相談とかをしないタイプなんですけど、あるとき木村さんが、『もがいていることを、抱え込んで隠す必要はないんだ。それがかっこいいんだから。大変でいいんだよ』って。何気ないひと言ですが、ありがたいな、気にかけてくださってうれしいなと思いました」

 相談に来たわけでもない川口春奈が「もがいている」ことに気がついたのは、木村拓哉自身もジャニーズ事務所のアイドルとして見られることにもがいてきたからなのだろう。

永遠に若く輝き続けるのではなく、相手を輝かせる俳優

『教場』もまた、主演クレジットは木村拓哉だが、そこで彼が演じたのは若い俳優たちが大舞台で演技を輝かせるための「立ちはだかる壁」の役割だった。川口春奈は木村拓哉の言葉を噛み締めるように、その直後に舞い込んだ大河ドラマ『麒麟がくる』での帰蝶役、沢尻エリカの代役という大きな勝負に駆け上がっていく。

 木村拓哉は来年、50歳を迎える。でもたぶん10年後も、俳優としての木村拓哉はミットを構えて相手女優のストレートを受け止め、人生を歩き始めた若い俳優が自分の歌を歌い始めるための伴奏を演技の中で奏でているのではないかと思う。それは木村拓哉が永遠に若く輝き続けるからではなく、相手を輝かせる俳優だからだ。山口智子より8歳年下だった25年前も、長澤まさみより14歳年上の今も。