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サリンジャーに肉薄したうえで、なお近寄りがたい後ろ姿を照らし出す…賢明で鮮やかな“謎解き”の書

乗代雄介が『謎ときサリンジャー』(竹内康浩・朴舜起 著)を読む

2021/10/11
『謎ときサリンジャー』(竹内康浩・朴舜起 著)新潮選書

 謎多き隠遁作家という世間のイメージに反して、サリンジャーは自身について作中で多くのことを語っている。しかし、その難解さと偏屈ぶりが障壁となって、作家と読者は隔てられてきた。批評家に酷評された最後の発表作「ハプワース16、1924年」は、書き継がれてきたグラース家の物語の一つだが、サリンジャー自身がアメリカでの出版を取り下げ、禁じ、作者が没した今でも本国では気軽に読むことができないという状況だ。

 その一方で、「賢明な読者」なる存在を作中で想定しているサリンジャーに、世界中の熱心な読者が我こそはとばかりに私淑してきた――と断言できるのは私もその一人だからで、まずまず賢明な方だと自惚れながら、色々なことを書きためていた。本書で提示される大筋の読みは、グラース家の一番上の兄弟であるシーモアとバディーという2つの正体を抱え込んだ「どちらか」という状態についてサリンジャーが書き続けてきたというものだが、同様のことを「ハプワース16、1924年」が収録された本(奇妙なことに日本では出版されている)の書評に書いた。本書で言及される「バディーの義足性」に関する多くの文はノートにまとめてあったし、「星々」や「破壊される頭蓋骨」にも注意を払ってきた。

 だから、シーモアの拳銃自殺に他殺の可能性を見た上で、他作品も踏まえた証拠を突きつけて前述の読みを際立たせる手際に、悔しさを覚えながらページをめくった。「頭蓋骨」を介して「銃声」や「水の音」はともかく「ビー玉遊び」にまで繋がるのには興奮した。結局、読み終えて残ったのは、嫉妬ではなく感謝の念だった。この賢明で鮮やかな謎ときを足がかりに、読者は小説に込められた別の謎も検討することができるだろう。

 本書への讃辞として、その例を一つ挙げたい。「ズーイ」で、グラース家の末っ子フラニーに対してすぐ上の兄ズーイがこう語る場面だ。とはいえ、それを書いているのは兄バディーと思しき人物である。「僕が死んだときには、立派な頭蓋骨を持ちたいものだ。僕はヨリックくんみたいな麗しい頭蓋骨を“渇望”している。そして君だって僕と“同じ”気持ちのはずだ、フラニー・グラス」。ここで「ハムレット」を引いて説明される「立派な頭蓋骨」は、「破壊される頭蓋骨」とは対照的だ。書き手は、弟や妹が、頭蓋骨を撃ち抜く死の中で区別を失う兄達とは異なると明言している。一族の中で彼らを書き分けることで、サリンジャーは何を考えようとしたのか?

 こんな謎ときをくり返せば作家へ辿り着くと思いがちだが、本書を読めば、それで明かされる作家や謎など高が知れていることもわかるだろう。作家に肉迫した上で、なお近寄りがたい後ろ姿とその謎自体を照らし出すところに、本書の立派さ・麗しさがある。

たけうちやすひろ/1965年生まれ。アメリカ文学者。「Mark X:Who Killed Huck Finn's Father?」がエドガー賞評論・評伝部門で日本人初の最終候補となった。

ぼくしゅんき/1992年生まれ。北海道大学大学院文学研究院欧米文学研究室博士課程3年。

のりしろゆうすけ/1986年、北海道生まれ。2015年「十七八より」で作家デビュー。著書に『本物の読書家』『旅する練習』など。

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