降田天は、かなり特殊な作家だ。執筆担当の鮎川颯(そう)とプロット(物語の筋)担当の萩野瑛(えい)からなる作家ユニットの筆名であり、2人は共同生活をしながら創作を続けている。
「私が台詞まじりのプロットを書き、それを鮎川が小説にする形です。プロとして通用する文章は、私には書けないので」(萩野)
「書いていて『ここはどうしてこうなったんだ?』ということもありますが、その都度聞くことができるので同居は便利です」(鮎川)
2014年に「降田天」としてデビューした2人は18年、「偽りの春」で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。本作『朝と夕の犯罪』は、このシリーズの続篇となる作品だ。
物語は2人の青年の再会から始まる。裕福な家に暮らし、名門私立大学に通うアサヒと、ラーメン店で働くフリーターのユウヒ。この2人は、かつて「兄弟」だった。「お父さん」の運転する車のなかで生活し、賽銭泥棒など窃盗で生計を立てていたのだ。アサヒはある事情からユウヒが企む誘拐計画に乗ることになるが、それは計画とは違った結末を迎える。そして8年後。神奈川県のマンションの一室に幼い兄妹が放置され、妹が死亡した事件が発覚する。一見、関係ないように見える2つの事件がある一点で重なる。背景にあるのは壊れた家族だ。
「自分ではどうしようもないことで苦しんでいる人たちのことを書きたかったんです。経済的に恵まれない家で起きる子供への虐待もあれば、世間からは『良いおうち』だと思われている家でも、違った形の虐待が起こりうる。そこで起こっていることは、違っているようだけれど、本質的には似ているんじゃないか、と感じてこういう話になりました」(萩野)
作中には、たびたびセルバンテスの『ドン・キホーテ』が登場する。幻想にすがり続けるある人物の愛読書としてだが、当初思っていた以上に、本作に深く関わることになったという。
「今回の話を書く上で、『ドン・キホーテ』を読み直しましたが、この作品はメタ要素が入っていたりして実験的な構成だし、はっとさせられるような価値観もたくさんある。なかでも、強く心に残ったのが、これは『絆の物語』なんだな、ということでした」(萩野)
「家族」や「血縁」は、時に絆の象徴のように扱われる。しかし、『ドン・キホーテ』における絆はそれとは少し違っていた。
「ドン・キホーテと、彼に親身になって接する従者のサンチョ・パンサとの間にはもちろん血縁関係はないし、ドン・キホーテのことを大切に思っている存在は他にもたくさん出てきます。私には血のつながりが重要だとはあまり思えなくて。人間関係の絆は一緒に過ごした時間とか、そういうところで形づくられるのではないでしょうか」(萩野)
「その感覚は私にもあります。血縁関係だけが、『絆』として重要なわけではないと思っています」(鮎川)
物語の後半、家族に囚われ、虐待の連鎖に陥ってしまった人物の前に、道のように絆が現れるシーンがある。この場面は、「何度も何度も書き直し」したという。最後にどうしても気になる質問をぶつけてみた。執筆担当の鮎川さんは、自分の負担が相手よりも大きいとは思わないのだろうか。
「うーん、でも仕事の9割くらいは萩野がやっていると思っているので。どう考えても、話を考えるほうが難しいと思うから」(鮎川)
「いえいえ、逆なんですよ。私は9割とは言わないまでも、8割やってもらってると思っています」(萩野)
ふるたてん/鮎川颯と萩野瑛による作家ユニット。『女王はかえらない』で第13回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。2018年「偽りの春」(『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』に収録)で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。