「みーちゃんやりすぎなんじゃないの」に未知役・蒔田彩珠は…
未知についても同じだ。衆議院選挙のために恒例より早められた『あさイチ』のゲストに招かれた清原果耶と蒔田彩珠の2人は、作品の中で演じた姉妹の感情的な衝突について尋ねられた。「物議をかもしたと言っちゃなんですが、みーちゃんやりすぎなんじゃないのという声も届いたと思いますが」と男性司会者が笑って蒔田彩珠に話題を向けた。
「物議」という言葉はSNSで上がった未知への反発、批判の声を指しているのだろう。今やSNSの声は、第二の視聴率のように放送局を揺さぶるようになっている。
「反響が大きかったじゃないですか。やりすぎじゃないみたいな声もあったんじゃないかと」女性司会者が再び言った。それは蒔田彩珠という若い俳優を「この子も視聴者のみなさんと同じように思っていました」というSNSの「共感の輪」に迎え入れるフォローにも見えた。
だが、蒔田彩珠は「1年間未知として生きてきたので、わたし的にはもっと言ってやれと思っていました」とそれに答えた。清原果耶も「(百音は)未知とぶつかるたびに、申し訳ない、ごめんと思い続けているので」と語った。
2人の若い俳優は、自分たちの演じたものが単に賢い姉と我儘な妹の物語ではなく、東京と東北の物語であり、未知が百音に対して抱える激しい感情が、被災地から東京に向けた感情でもあることを理解している。だからこそ、司会者が暗に求めた「私も未知はやりすぎだと思っていました」というSNSの共感の輪に加わる答えを静かに拒否したように見えた。
菅波に抱きしめられる百音の「目」が、揺れ動く意味
「ごめん、きれいごとにしか聞こえないわ」第98話で、「地元のために働きたい」と帰郷した百音にそう告げる亮を演じた永瀬廉もまた、自分が演じているものが未熟な青年の恨み言ではなく、構造的に人も金も収奪した上に「正しさ」まで振りかざす東京に対する東北、被災地の静かな怒りであることを身体の深い部分で理解しているように見えた。
漁船を買うための金を貯める東北の青年、亮を演じる永瀬廉の「悪いけど、今はそう思ってる」という抑制された、しかし決然とした演技は、大きな海がうねるような、亮が抱えた深く静かな怒りを感じさせた。
それは菅波先生のようにSNSで人気になる人物像ではなく、都会の視聴者にある種の痛みをつきつける役だったかもしれない。だが、一方でトップアイドルとして活動する永瀬廉は、脚本が描く東北の青年の痛みに心からの演技で応えたと思う。
制作統括の須崎岳は朝日新聞の記事の中で、亮の思いを「それで救われるの」と問い返す百音の台詞に対して「冷たすぎないか」と清原果耶が悩んでいたことを明かす。それは「お姉ちゃんは正しいけど冷たいよ」という未知の言葉に繋がるシーンでもある。
同じ週の金曜日に菅波先生は百音を抱きしめるのだが、それは同時に「東京のラブストーリー」が置き去りにする東北の友情に百音が後ろ髪を引かれる、苦い場面になっている。菅波に抱擁される百音の目は幸福に閉じられるのではなく、東京と東北、2つの価値観の間で揺れる秤のように不安定に揺れ動く。