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「楽しく歌い踊りながらも、目が決して笑っていない…」おニャン子クラブの“終焉”を見据えた渡辺満里奈の意外な“志向”

『EPICソニーとその時代』より #1

2021/11/07

 おニャン子クラブといえば、1980年代のお茶の間を席巻した伝説的なポップアイドルグループだ。そんなおニャン子クラブの解散時メンバーの一人である渡辺満里奈氏の当時の姿を、音楽評論家として活躍するスージー鈴木氏は「居心地が悪そうだった」と振り返る。

 アイドルとして第一線で活躍しながらも、その姿が居心地悪そうに見えたのは一体なぜなのだろう。ここでは、同氏の著書『EPICソニーとその時代』(集英社新書)の一部を抜粋。アイドル界で異彩を放っていた当時の渡辺満里奈氏について紹介する。(全2回中の1回目/後編を読む)

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渡辺満里奈《深呼吸して》~そのアイドルはサブカルに向かう

 ここで唐突に、おニャン子クラブのシングルが出てくる。

 渡辺「美里」に代表される「アイドル歌謡曲とニューミュージックとロックの中間市場」を創造し・君臨したEPICソニーの歴史の中で、純然たるアイドル音楽は完全に外様である。個人的に印象にあるのは、この渡辺満里奈に加えて、東京パフォーマンスドール(含む篠原涼子)くらいか。また、音としても、「EPIC情緒」の薄い、完全なアイドルポップスである。

©文藝春秋

 おニャン子クラブの音楽的功績というのが確かにあって、それは、松田聖子が結婚、中森明菜は大人の世界に移行、82年組アイドルも一巡した80年代中盤に、アメリカンポップス・ベースのシンプルな音楽の魅力を復権させたことである。

 その代表が《冬のオペラグラス》(新田恵利)、《じゃあね》(おニャン子クラブ)、《風のInvitation》(福永恵規)という、86年の前半に発売された3枚のシングルである。ただこの音楽的クオリティも長くは続かず、一種粗製乱造にも近い形となって、人気も低迷。翌87年の9月に早々と解散する。