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「楽しく歌い踊りながらも、目が決して笑っていない…」おニャン子クラブの“終焉”を見据えた渡辺満里奈の意外な“志向”

『EPICソニーとその時代』より #1

2021/11/07
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渡辺満里奈の「隠された志向」

 おニャン子ブームが下り坂に向かっていた86年の秋に発売されたこの曲も、強い印象を残すものではなかった。音楽的にも《冬のオペラグラス》のような破天荒なパワーに欠けると思ったし、歌っている渡辺満里奈が、どことなく居心地悪そうにしていたことも、個人的にはマイナス印象だった。

 やたらと瑣末なことを書く。おニャン子クラブ解散と相前後して終了したフジテレビ『夕やけニャンニャン』の後番組『桃色学園都市宣言!!』の水曜日版「抜弁天女学館」の主演級で渡辺満里奈が起用された。その番組は女子高の新体操部の設定で、出演者は全員レオタードを着ていたのだが、渡辺満里奈だけは、かたくなにジャージを着用し続けたのだ。

「もしかしたらアイドル志向、芸能界志向の弱い人なのかも」と、そのとき私は勝手に想像したのだが、ではそれらが「弱い」分、どんな志向に「強い」人だったのかが、数年後に判明することになる。

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 90年のシングル《大好きなシャツ(1990旅行作戦)》の作詞・作曲はDOUBLE K’O’ CORPORATION(フリッパーズ・ギターのペンネーム)。92年の《BIRTHDAY BOY》の作詞・作曲は小沢健二。そして、95年のシングル《うれしい予感》の作曲と、同曲を含む96年のアルバム『Ring-a-Bell』のプロデュースは、何と大瀧詠一。

 つまり渡辺満里奈はサブカルチャー志向だったのである。