昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

東畑 ありがとうございます。僕は遠藤周作が好きで、若い時に恋愛についてのエッセイを読んでいました。ギャグの中に突然出てくる抒情的な表現にグッときて。

ブレイディ 笑いながら胸に来るんですよね。東畑さんは、「心」は「体でも、物でもない」と否定形で定義されていると書いていますが、私は「脳って体では」と思っちゃった。

 心の定義で、私が思ったのは英語では何と言うのかということ。息子の学校で「mindとheartの違いは何か」という課題が出て、家族で考えたことがあります。私は、マインドは脳、ハートは胸という感覚。

 アイリッシュの夫は「ロジカルに感じたり思ったりするのがマインドで、エモーショナルに感じるものがハート。スピリチュアルのspiritもある」。言われてみると、日本語で「心」と一言で言っても範囲が広い。

「そもそも心って何でしょう?」というのが、一番に聞きたかったんです。

ブレイディみかこ『他者の靴を履く』(文藝春秋)

東畑 大学で心理学を教えていますが、毎年新入生たちががっかりするのを目撃します。「他者の心をケアしたい」「自分の心を知りたい」とハートについての学問を学ぼうとしたのに、授業では認知機能や情報処理過程などマインドの話ばかりだから(笑)。

 一般に日常生活の中で「心が痛い」「心が寂しい」というときの心にはマインドとハート、哲学でいえば「理性と情念」の両方が含まれています。つまり、マインドがハートのことを考えているとき、「心がつらい」「心が癒やされた」などと感じることができる。

 理性で考える能動的な私と、情念という受動的な私が「何を感じているのか」「私はどういう人か」と対話することから生まれるものが、いわゆる「心」なのだと思います。

アナキストは個の力を信じる

ブレイディ なるほど。私はマインドで自分自身のハートを知ることをほとんどしていないのに気づきました(笑)。

 以前、詩人の伊藤比呂美さんに「海外で日本人差別された時にどういう気持ちになる?」と聞かれて、うまく答えられなかったんです。私はそういう時に自分の気持ちを見つめるより「次の一手をどう出るか」を考えてしまうから。

東畑 ブレイディさんは何かが起きて心が動いた時に、その向こう側にある社会構造がバッと見えますよね。自分の内面ではなく、世界の広がりのほうに目がいくシャーマン(呪術師)タイプじゃないですか。

z