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「そもそも心って何でしょう?」対話不足になりがちな、コロナ時代の“心の伝え方”

ブレイディみかこさん×東畑開人さん 特別対談

東畑 はい。遠い他者の言葉って、基本的には気持ちよく聞けないものなんです。利害が対立したり、カルチャーが違ったり、時にヒリヒリするような話になる。

 異質な他者の靴を履くには一度自分の靴を脱いで非常に無防備な状態にならないといけない。そうやって痛みや恐れに直撃されて初めて相手の気持ちが理解できる。それが“聞く”ことの本質にはあると思います。

 臨床心理学の世界では「共感」が重要視されますが、トレーニング中「真の共感とは何か」と偉い先生に延々と突き詰められ辛かった(笑)。だってその共感が正しいかどうかなんて誰にも判断がつきませんから。

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ブレイディ わかるわけがない(笑)。

東畑 だから長年仕事をするうちに共感は特別視しないようになりました。カウンセラーに特別な共感能力があるわけではなく、誰しも日々の生活の中で「おじいちゃん、いつもより怖いな」みたいに人の感情を感じ取って生きています。

 もしカウンセラーにプロとしての専門性があるとしたら、そうやって感じたことをもう一度知的に捉え直したり、吟味したりするところにあると思うんです。患者さんの心の分からない部分について頭を使って考えるんですね。

 これが『他者の靴を履く』でブレイディさんの言うコグニティブ(認知的)エンパシーにつながるところだと思います。

©文藝春秋

ブレイディ ゆっくりと繰り返される対話の中で相手の心が浮き彫りになっていくわけですね。「心が1つ存在するために、心は必ず2ついる」という記述が印象的で、ハンナ・アーレントの「自己に輪郭を与えるには他者が必要だ」という言葉を思い出しました。

 コロナ禍でワクチンやロックダウンなどをめぐり大きな対立が生まれ、心がかき消されたように見えたのは、社会で対話が不足しているということなのかも。

東畑 対話といった時、理性だけのやり取りでは不十分で、情念も含めることが大切です。「夫婦喧嘩は犬も食わない」というけれど、夫の発言にムカッと来た時に妻は夫の心の一部分を受け取っているわけです。犬でも食えるような会話では、心はしっかり伝わらないのでしょう。人間関係では、嵐も時には必要です。

ブレイディ 確かにネガティブなものも引き受けた相手ほど関係性が強いですよね。不快なものを避けてばかりでは人間関係が濃くなりませんから。

エンパシーを働かせるのに大事なこと

東畑 対話不足になりがちな社会で、エンパシーを働かせるのに一番大事なことって何だと思いますか?

ブレイディ 当たり前なことかもしれませんが、「元気」じゃないですかね。

東畑 元気!? 確かに履き心地の悪い他者の靴を履くにはパワーが要ります!

ブレイディ 日本の人と話すと「面倒くさいから」とよく聞きます。でもワクワクすることは面倒くさいことの中にある。たまに日本に帰ると元気のない国になったと驚きます。テレビの討論番組では、80年代は野坂昭如とか大島渚が「俺はこう思う!」と熱弁していたのに、いまはデータの話ばかり。自分を主語にして語る元気さが、一番必要なんだと思います。

東畑 本当にそう。今日はブレイディさんと話していてすごく元気が出ました。

ブレイディ 大杉栄じゃないけど「生を拡充せよ!」。自分の中からエネルギーを叩き出せ! ですね(笑)。

代官山蔦屋書店で9月18日に行われたオンライントークイベントの内容を再構成したものです。

Brady Mikako/1965年生まれ。96年から英国ブライトン在住。ライター、コラムニスト。19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース―本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞などを受賞。他著に『子どもたちの階級闘争』など。

 

とうはたかいと/1983年生まれ。2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。十文字学園女子大学准教授。17年に白金高輪カウンセリングルームを開業。著書『居るのはつらいよ』で大佛次郎論壇賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020受賞。他著に『野の医者は笑う』など。

他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ

ブレイディ みかこ

文藝春秋

2021年6月25日 発売

心はどこへ消えた?

東畑 開人

文藝春秋

2021年9月3日 発売

「そもそも心って何でしょう?」対話不足になりがちな、コロナ時代の“心の伝え方”

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