コロナ禍でメンタルに不調を抱える人が増えるなか、まるで社会からも身近な人間関係からも心がかき消えてしまったかのよう――。
そんな時代感覚に鋭利に切り込んだ『心はどこへ消えた?』が話題の臨床心理士・東畑開人さんと、『他者の靴を履く』が大きな注目を集めるブレイディみかこさんによる、〈遠い他者〉の言葉を聞くための処方箋。
◆◆◆
コロナ禍における「心の状態」
東畑 初めまして。去年、紀伊國屋書店が主催の「キノベス!」の1位にブレイディさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が、紀伊國屋じんぶん大賞に僕の『居るのはつらいよ』が選ばれました。授賞式でお目にかかれると思っていたんですが、なくなってしまいましたね。
ブレイディ 私も楽しみにしていたので、残念でした。
東畑 ブレイディさんが住んでらっしゃるイギリスは「コロナと共に生きる」が合言葉になり、マスクをしていない人がほとんどだそうですね。朝日新聞に書かれたコラムを読んで、日本と大違いだと驚きました。
ブレイディ スーパー、カフェやレストランでもマスクをしないのが普通です。一日あたりの新規感染者数はヨーロッパの中でも多いのに、自由を楽しんでいますね。ただ、私は今年1月からの3回目のロックダウンが精神的にきつくて、うつになりかけたんです。
東畑 いったい、どんな状態だったんですか。
私権の制限が本当にこたえた
ブレイディ 外出はエクササイズや散歩ぐらいしか許されていなくて、公園のベンチに座っているだけで警察官に怒られるほど厳しく、私権の制限が本当にこたえました。
「あれ以上やられたら精神的に持たない」と今でも多くの人が言い、ロックダウンを機にアルコール依存症も増えた。美容師の友達によれば、ワインをペットボトルに入れて店に来る人もいたそうです。
ママ友たちとの最近の話題はオンラインカウンセリングの良し悪し。「Zoomじゃ駄目よね」「余計落ち込んだ」という人がいます。
東畑 オンラインは最後ブツッと切れるのがつらいんですよね(笑)。厳格なロックダウンで、人権を制限されると、心は苦しくなります。自由と心って個人なるものの深いところで深く結びついていますから。
僕はコロナ禍という危機だからこそ、心理士として個人の心について書くべきだと思い、週刊文春の連載を前倒しして昨年5月から始めました。
でも書くネタを探して新聞やテレビ、SNSを見ても、政治や経済の大きな話や、感染者数や陽性率などのデータばかり。個の心についての話はどこにもなかったんです。
ブレイディ 連載をまとめた『心はどこへ消えた?』をすごく楽しく読みました。馬耳東風にちなんだ「バジー東畑」というキャラや書き方から、私の好きな遠藤周作の狐狸庵先生シリーズを思い出したんです。