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「ずらし旅」「冷やし旅」の観光地訪問、飲食物提供の体験プランに対して、「推し」の対象はとても限定的だ。推したい人の数だけ推し旅があるから、アイドル、日本酒、ゾウだけでは終わらないはず。今後は「冷やし旅」と同じかそれ以上の「推し」テーマが設定されるだろう。JR東海という大企業が「個の趣味」に焦点を当てる。希有な事例で、企業イメージ向上も期待できそうだ。

 さて、ここまで「○○し」にこだわり韻を踏むところを見ると、いままで「JR東海らしくない」と企画を出しにくかった社員が仕掛け人となって跳躍し始めたように見える。調子に乗ってゆるキャラ「ずらし旅モンスター ずらしmado(マドゥ)」も作った。LINE公式スタンプもある。かわいくないけど、今の若い人にはこういうのがウケるのか。いいぞ、もっとやれ。

興福寺五重塔は来年度から修復調査が始まる。作業終了時期は未定とのこと。全体を覆ってしまうので、姿を拝むならいまだ

 こうなると、次はどんな「○○し旅」が登場するか楽しみになってくる。冬なら「熱し旅」、食欲の秋の「熟れし旅」、逸品を求めて「探し旅」、もう一度行く「返し旅」……。とにかく楽しい語句に「し」を付ければいい。

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「○○し旅」のルーツは奈良にあった

「○○し」の始まりは「ずらし」ではない。2009年から現在まで継続する「うまし うるわし 奈良」キャンペーンだ。「おいしい、みずみずしい」だと思っていたら、「うまし」は素晴しいとか美しいという意味、「うるわし」は見事、立派な、という意味とのこと。「ずらし旅」が始まり流行ったけれども、それは思いつきのようでいて、実はJR東海の観光施策の歴史があってこそだ。

薬師寺の東塔は1300年前から残っており、今年、解体修理が終わった。40年前に再建された西塔と見比べると1300年の時を感じられる

 JR東海は、1993年から「いま、奈良にいます」ポスターを掲示していた。本格的な奈良キャンペーンは2005年から。当初は「いま、ふたたびの奈良へ。」も使われていた。「なんで奈良?」と不思議に思う。奈良県はJR西日本のエリアだ。JR東海の駅はない。もちろん東海道新幹線も来ない。うがった見方をすると、リニア中央新幹線の経由地は奈良市だ。将来のリニア誘客の「地“なら”し」にも見える(奈良だけに)。

 ちなみに中央新幹線が国の基本計画となった時期は1973(昭和48)年11月。JR東海は発足当初から中央新幹線を自社で建設する意向で山梨実験線の建設費を負担し、2007年に自己資金で建設すると表明した。その頃からJR東海は、リニア中央新幹線について、京都を通らない代わりに奈良を観光需要の柱と考えていたかもしれない。