「テストステロン」というホルモンに聞き覚えがある人は多いだろう。しかし、テストステロンそのものの役割、そして、中高年になって急激にテストステロンの分泌量が下がってくる状態を「LOH症候群」と呼ぶことはあまり知られていない。
泌尿器科医として男性医学に携わる堀江重郎氏は、そんなLOH症候群が精神疾患の原因となる可能性について警鐘を鳴らしている医師の一人だ。ここでは同氏の著書『LOH症候群』(角川新書)より一部を抜粋。抗うつ薬を飲んでも、うつ症状が改善しなかった男性の体験談を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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休職せざるを得なくなったAさんのケース
20世紀の医学は、からだの症状はからだの異常から、メンタル症状は脳の異常から、と分けて考えていました。しかし今では、たとえば慢性の腰痛は腰の骨や筋肉の問題ではなく、脳の痛みを感知するシステムの不具合が原因になっていることもあると知られています。「やる気が出ない」といった心の症状と「腰が痛い」というからだの症状はつながっている可能性があるのです。
私が診た患者さんの実例を挙げましょう。Aさん(43歳)はサーフィンが大好きで、海が近い郊外に転居しました。もともと朝型だったのでサーフィンを楽しんでから出勤することも多く、片道2時間かかる通勤も特に苦にならなかったそうです。
ところが、いつからか寝つきが悪く、夜中に目が覚めるうえに朝の4時に目が覚めてしまうようになりました。入眠困難、中途覚醒、早期覚醒、と三拍子そろった不眠症です。
夜明け前に目が覚めてもサーフィンをやろうという気にはならず、都心までの出勤もおっくうに感じられるようになってきました。会議では上司がハッパをかけるのがつらく、思わず耳をふさぎたくなってしまいます。1日の仕事が終わって電車に乗ると、なぜか不安を感じ、何ともいえないもの悲しい気持ちになるのでした。
治療を受けても改善しない「軽いうつ」
そんな中、新型コロナウイルスが上陸しました。テレワークを指示されたときは「これで楽になるだろう」と思ったのに、まったくやる気がわいてきません。体がだるいうえに、腰が痛く、パソコンに向かうのが苦痛なのです。年1回の会社のメンタルチェックを受けると、産業医との面談を勧められました。
産業医には「軽いうつ状態ですね。気分が上がる薬と、よく眠れる薬を出しておきましょう」と言われ、抗うつ薬と睡眠薬、抗不安薬の合計3剤を飲むようになりました。薬を飲むと確かによく眠れるようになり、不安感も減りました。その代わり頭がボーッとしてしまい、昼間も眠くて仕方ありません。仕事がおっくうな気持ちは変わらないし、仕事上の判断をすることが難しいのです。ついに産業医から3ヵ月の休職を勧められました。
休職したおかげで不眠症や不安感は改善しましたが、「仕事を再開したい」という意欲はなかなかわいてきません。ついイライラして家族に当たることも多く、妻と子どもたちは腫れ物に触るようです。はたして3ヵ月で会社に戻れるだろうか……? 産業医から「もう少し休んでみますか」とより長期の休職も提案されていますが、同じような症状で会社を辞めざるを得なかった先輩もいて不安でなりません――。