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 瀬川少年は「人が喜んでいるときに、一緒に喜んであげられるのが本当の友達」という担任の教師の言葉を思い出し、「僕と健弥君は本当の友達ではないのだろう」なんて思うのだ。激しい競争を繰り広げるライバルとは、そんなに美しいものではなく、時には相手の負けを願うものなのだろう。

 川島さんもこの本を読んでいて、「僕とたっくんみたいだな」と思ったという。

かなりレベルの高い顔ぶれが集まっていて、参加者の親はため息

 あの写真の大会、第9回小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会は、2012年の1月に東京の小学館ビルで行われた。3年生の部にエントリーしていた川島少年と伊藤少年は、並んで座り開会式を待っていた。ふんわりした天然パーマの男の子が会場にお母さんとともに入ってきた。たっくんの視線が、その子にくぎ付けになる。「あ、藤井君が来た」。そして「3年生で、藤井君はすごく強いんだ」。

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 川島さんはこの時のたっくんの反応をよく覚えている。なぜなら、たっくんが誰かのことを強いと言うことはほとんどなかったからだ。ましてや同じ歳の子のことをそう言うなんて……。

 倉敷王将戦のような各県別予選がある大会ではない。しかし、学年別に競技が行われその学年の最強を決定するという他にない特徴が、多くの将棋キッズとその親を引き付けていた。

 関東からの参加が半数以上であるものの、東北や東海など遠方からの強豪の参加者が多数いて、かなりレベルの高い顔ぶれが集まっていた。級位者の参加者の親は「こんなに強い子ばかりだと思わなかった。申し込む大会を間違えましたね」とため息をついていたほどだ。

伊藤-藤井戦で伊藤君が勝利、藤井三冠が大泣き

 3年生の部で予選を勝ち抜きベスト16に進出したのは、川島君、伊藤君、藤井君、現奨励会有段者のB君、他にも中学高校の大会で活躍することになる強豪の名前が多数ある。この学年、アマも層が厚いのだ。

 トーナメント表の写真を川島さんと改めて見た。プロになった子が2人、現奨励会有段者が1人、早稲田大学将棋部が川島さんを入れて3人、それ以外の強豪大学にも6人が在籍している。もちろん、将棋を辞めどうしているか分からない子もいるけれど、現在有名大学の1年生になっている割合は高いと言えるだろう。

©石川啓次/文藝春秋

 準決勝は川島君とB君、伊藤君と藤井君だった。先に川島君が勝ち、長引いた伊藤-藤井戦は伊藤君が勝った。「そこで、藤井三冠が大泣きしたのを覚えていますか」と川島さんに聞くと「まったく覚えていません。本当に藤井三冠は泣いていたんですかね。準決勝と決勝で勝つのにいっぱいいっぱいで、他人のことを見る余裕がなかったのかなあ」と首をかしげる。おそらく準決勝2つも、決勝と3位決定戦も隣で行われたはずだが、集中している川島少年の耳に泣き声は入らなかったのかもしれない。

 いよいよ、たっくんと決勝だ。たっくんが早めに負けてくれていれば、準優勝でも満足だけれど、決勝まで来たら勝たないとたっくんの上には行けない。この日、川島君は初めて、大会の直接対局で伊藤君に勝った。藤井君は泣きながら3位決定戦でB君に勝った。