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「団体戦の心構えとして間違っているのですが、正面に座る相手より、隣に座るたっくんを意識していました。たっくんより多く勝ち星を挙げたい気持ちでいっぱいで。たっくんは1敗して、僕は全勝でした。三茶(三軒茶屋将棋倶楽部)に行って、たっくんも一緒にチームの優勝と個人成績の報告をしました。宮田先生とともに子どもたちを指導してくれるアマの先生に『全勝なら次はこーせーが大将だな』と言われ嬉しかったのを覚えています」

 チームが優勝したにも関わらず、たっくんが悔しそうだったのは言うまでもない。

U18将棋スタジアムでは、小学生有段者のクラスで準優勝

 3年生の冬、川島少年は次々に大きな大会で結果を残す。12月に仙台市で行われたJT東北こども大会で(この2011年には東日本大震災があり、プロ公式戦のない復興特別大会として、他の地域で決勝トーナメントに進んだ子もエントリーできる形で行われた)低学年の部で優勝。伊藤少年は決勝トーナメント1回戦負けだった。川島少年は、伊藤少年に勝って決勝に進出してきた強敵を破ったのだ。

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「優勝より何より、たっくんより上の成績で嬉しかったです。僕は仙台で前泊したのですが、たっくんは早起きして当日、東京から来たんです。疲れて力が出なかったんじゃないかな」

 その2週間後に東京で行われた首都圏の子どもたちが集まるU-18将棋スタジアムでは、小学生有段者のクラスで準優勝。6年生まで同じクラスに参加する大会で年上の強豪を次々倒しての快挙。この時、伊藤少年は予選通過できなかった。気が付けば、川島滉生君は伊藤匠君と変わらないほどの有名強豪になっていた。

「たっくんを抜いたわけではなかったです。その少し前の11月のJTこども東京大会ではたっくんとの直接対決が準決勝であって僕の負けでした。観戦されていた勝又清和七段から、感想戦で僕が必至をかける筋を指摘され、余計に悔しくなったことを覚えています」

とにかく、たっくんよりも良い結果が欲しい

「優勝されるのは悔しい」。JTこども大会の決勝はプロ公式戦の前座として行われる。羽織袴を着て、何千の観客が見守るステージに立つたっくんを見て、川島少年はこんなことを思った。自分に勝ったからには優勝して欲しいなんて思えなかった。たっくんは1学年下の子(現奨励会二段)に負け、準優勝。川島少年は胸をなでおろした。

©石川啓次/文藝春秋

「とにかく、たっくんよりも良い結果が欲しくて、その成績を気にしていました。たっくんも似たような気持ちだったのではないかと思っています。僕のほうが成績が良かった大会では余計に悔しそうで。たっくんは顔や態度に悔しいのが凄く出ていました」

 これとよく似た話がある。瀬川晶司六段の自伝で映画化もされた『泣き虫しょったんの奇跡』だ。向かいの家に住む同級生の幼馴染、瀬川六段とアマ全国タイトル経験者の渡辺健弥さんは、小学5年で将棋にはまり、毎日2人で指しながら力を伸ばしていく。激しい競争が功を奏し、2人とも神奈川県の中学生でトップに立つ力をつける。大会ではライバルよりも良い成績を目指してここでも競争。自分が負けてしまったトーナメントでライバルが勝ち進むと面白くない。そしてライバルが負けるとホッとする。