《主文、被告人を無期懲役に処する》

 11月9日、横浜地裁で家令和典裁判長は“白衣の堕天使”に対してこう言い渡した。この判決に、現場では多くの司法記者が困惑したという。

「今回は“主文後回し”だったんです。主文には被告に対して下される刑罰が記されていて、通常の判決公判ではまず主文が読み上げられ、その後になぜその刑が下されるのかについての説明があります。ただ、重い刑罰が下されるときには、被告人が動揺してその後の話を聞けなくなってしまうからなどといった理由で、主文が後回しにされるんです。

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 ですから主文後回しになった時点で、多くの裁判担当記者は死刑なんだと思ったはずです。そもそも検察からは死刑が求刑されていましたし、これまでの判例を考慮しても死刑判決が妥当です。だから《無期懲役》と聞いたときには慌ててしまい、判決を言い渡されたときの被告の様子を見逃してしまいましたよ……」(社会部司法記者)

“白衣の堕天使”の初公判を傍聴するために並ぶ人々 ©︎文藝春秋

 司法記者らを困惑させたのは、「大口病院点滴連続殺人事件」への判決だ。この事件については、文春オンラインもこれまで何度も報じてきた(#1#2#3#4#5)が、今一度事件の概要を振り返ってみよう。

48人死亡 戦後事件史に残る重大事件

 2016年7月以降、横浜市神奈川区の旧大口病院の終末期フロアで2カ月あまりの期間に、48人もの患者が相次いで亡くなった。犯人として捜査線上に浮かんだのが元看護師である久保木愛弓被告(34)だ。捜査は難航したが、亡くなった入院患者のうち男女3人の点滴に消毒液を混入して中毒死させたとして、事件発覚から1年9カ月後に逮捕された。

久保木愛弓 ©️共同通信社

 久保木被告は警察の取り調べに対し、「20人くらいやった」と供述しており、戦後の事件史に残る重大事件として、世間の注目を集めた。そして今年10月1日から、久保木被告の裁判員裁判が複数回にわたって開かれた。

 争点になったのは、「久保木被告の責任能力の程度」についてだ。

 検察側は犯行当時の久保木被告について、《完全責任能力はあった》と主張。《軽度の自閉スペクトラム症でうつ病ではあったが、犯行への影響は遠因にすぎず、犯行の意思決定及び実行の過程に精神障害が及ぼした影響は極めて小さい》として、《死亡した患者の遺族の対応をしたくない》という《身勝手極まりない動機に酌量の余地はない》と死刑を求刑した。

 一方の、弁護側は別の医師の鑑定を根拠に、被告人は《心神耗弱》であったと反論。《犯行当時は自閉スペクトラム症ではなく、統合失調症に罹患しており、前駆期の症状が犯行に影響を与え、動機を達成する手段として、目的に不釣り合いな死という結果をもたらす、殺害という手段を選択した点に統合失調症の症状が強く影響していた》として、《無期懲役》を求めていた。