全行程1440kmにおよぶ四国八十八ヶ所遍路。この長い遍路道を延々と歩き、野宿をしながら暮らす「草遍路」と呼ばれる人たちがいる。ときに放浪者として迫害されることもある草遍路。彼らがそうした生き方を選択した理由とは。

 ノンフィクション作家の上原善広氏は、実際に現地で草遍路たちの話を聞いた。ここでは同氏がそのもようをまとめた著書『四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼』(KADOKAWA)の一部を抜粋。2人の草遍路の胸の内に迫る。(全2回の1回目/後編を読む

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草遍路のナベさん

 私が実際に話を聞いた草遍路は2人いて、いずれも幸月(編集部注:四国遍路を回ることをなりわいとしていた老人。やがて遍路関係者の間で有名になり、NHKのテレビ番組で全国放送されたところ、指名手配犯だとわかって逮捕された)の支援者だった鵜川(編集部注:遍路道沿いに住み、草遍路の人々を接待していた男性)の紹介なのだが、そのうちの1人が草遍路のナベさんだった。

 幸いにもナベさんは携帯電話を持っていたので、鵜川から紹介された後、すぐに連絡をとった。草遍路は野宿の連続ということもあり、携帯電話などの通信機器を持たない人もいるからこれには助かった。

 ただ、鵜川とナベさんが初めて会ったのはつい数日前のことだ。ナベさんは10年以上も草遍路をしており、鵜川の住む新居浜を少なくとも十数回は歩いて通過しているのだが、それでも市街地ではなかなか出会えないようだ。

 確かに高知県東洋町から室戸岬あたりの、海岸線の一本道にでも住んでいないかぎり、地元住民でも草遍路と出会う人は多くない。ここに草遍路取材の難しさがある。幸月と会うことは叶わなかったが、幸月のおかげで鵜川に巡り会えたことは本当に幸運だった。

 香川県丸亀市を流れる土器川の橋の下で、野宿の準備をしていたナベさんに会うことができた。

 ちょうど着いたばかりのようで、橋の下の河川敷に荷物を満載した台車を置いて休憩していたので、すぐに彼だとわかった。挨拶すると「ああ、鵜川さんから聞いてます」と答えた。

「あなたには信仰があるのかッ」と逆に詰問されて

 よく日焼けした褐色の肌に、白い遍路衣装ではなく、黒い作務衣のような服を着ている。腕は焼けすぎて赤黒くなっている。

 やせ型だがよく締まった身体で、眼鏡をかけている。ただ前歯が一本しかないところに、苦労が滲み出ていた。

草遍路のナベさん(写真左側)に取材する 写真=筆者提供

 やせ細ってはいるが、目だけはギラギラとしている。失礼だとは思ったが、初対面の印象は「強い意志をもって放浪している野良犬」のようだと思った。

 それというのも、話を聞こうとすると、かなり強い警戒心で「あなたには信仰があるのかッ」と逆に詰問されたからだ。自分も四国遍路を回っていることなどを話すと、ナベさんは「仕方ない」という風に話し始めたが、信仰の話が中心であった。

「私は不動明王を信仰しているから、お不動さんが私を守ってくれているんです。四国遍路1周目のとき、暗い山の中を歩いていたら迷って修験道に出てしまった。垂直の壁に太い鎖が垂れ下がっていたので、そこでお祈りして下りてきたら奇跡的にお不動さんの本堂に出ることができたんですよ。2周目のときには、ある不動霊場の寺で休んでいたら、ペットボトルを階段に落としてしまった。そしたら、それが蓋を下にして立ったんですよ。だいたいペットボトルが逆さに立ちますか? 私は、これらはお不動さんが起こした奇跡だと思いました。だから八十八ヵ所も回りますが、不動霊場も回るようになったんです」