「内弁慶の外ネズミ」とは「家では偉そうだが外では内気」という意味になるので「家では偉そうだったのですか」と訊ねると「うーん、確かに外では大人しくて、自己主張する子ではなかった。家の中で偉そうというのは多分、家族の団欒とかには加わらなかったからじゃないかな。1人で何かするのが好きだったから」と話す。
「おかしくなったのは、進学校の駒場高校へ入ってからだった。それまでは勉強も好きで成績良かったから進学したんだけど、高校に入ってからは勉強についていけなくて、登校拒否になった」
都立駒場高校は、有名な進学校だ。トヨタ第4代社長の張富士夫、セブン&アイ・ホールディングス社長の井阪隆一、歌手の加藤登紀子などが出ている名門校だ。
いきなり拉致されて注射うたれて、精神科病院に入院させられた
「まあ、ちょっと無理したら、合格しちゃったのが良くなかったんだろうな。勉強に付いていけずに登校拒否になったら、ある朝、いきなり拉致されて注射うたれて、精神病院に入院させられた。半年か1年くらい入っていたのかな。精神病院から出てきたときはよく喋る子になってた。これが転落というか、放浪のきっかけになったんだな」
現代では単に多感な思春期の少年だったという印象しか受けないが、当時は不登校がまだ珍しい時代だったのと、社宅に住んでいたので、両親としても不登校は外聞が悪かったのかもしれない。エリート企業の社員家族にありがちな、体面重視な家族だったのかもしれない。
すんなり話しているようだが、ヒロユキの話はやや訥弁で聞き取りにくい。吃音も時折まじり、記憶の欠損も少なくない。「去年、どこでなにをしてたか全く覚えてないから、メモして記録するようにしてる」と話す。ただ読書はよくしているからか、言葉は知的で教養も豊かだ。都会育ちで、進学校にいたことがあると聞くと「やっぱりそうか」と納得できる。
結局、両親の要請で強制入院させられたのだが、現代でいえば軽度の発達障害にあたるのかもしれない。とにかく、両親の理解を得られなかったのが最大の悲劇だった。
「精神病院では、登校拒否だったからか、ノイローゼとか神経症って言われたな。カウンセリングも何もなし。ただ薬をいっぱい飲まされるだけ。あの時、少しでも話を聞いてくれたらなあと思う。精神病院に入れられたから、こんな性格になったのかなと、今でも時々思い出すことがあるな……」
「こんな性格」とは、本人によれば「対人関係が極度に苦手で、他人にとってはごく当たり前の普通の仕事ができない」ことだという。