「機材も特別なものは使っていません」
「実は撮影体制としてはものすごく小規模だったんです」と明かす石井永二監督は、NHKで話題を呼んだドラマ『古見さんは、コミュ症です。』やコロナ禍で甲子園が中止になった高校球児たちのドキュメンタリー『甲子園のない夏』など多くの作品を手がけてきた映像作家だ。
「通常だと技術チームは、撮影部(カメラマン、DIT、助手数名)、照明部・録音部(技師、助手数名)という体制ですが、『低予算である』『6市町の様々なロケ地を回る』ことを考え、ドキュメンタリー撮影と同じENGスタイルにしたんです。今回は屋外撮影が多いので照明部は入れず、屋内シーンは撮影部の照明機材で対応しました」
つまり、映画撮影のように照明スタッフがライトを当て、録音技師がマイクを伸ばし、カメラマンが三脚に固定したカメラを回すスタイルではなく、ドキュメンタリー作家がカメラを肩に担いで撮影するような少人数体制の映像だったということだ。撮影を担当したのはドキュメンタリーで活躍する伊藤加菜子氏だったという。
「機材も特別なものは使っていません。メインカメラはSONYのFX6、レンズも単玉ではなくズームレンズ、登場人物の女子高生、宮本ナミが撮影するカメラに至ってはスタッフが10年前に購入した古いものです」
SONYのFX6は映画的映像が撮影できるプロ仕様のものではあるが、石井監督の言う通り業界標準としては特別に高価な機材ではない。石井監督によれば色調整などもそれほど手をかけたわけではなく、撮影と編集の段階で微調整した程度とのことだ。
映画の常識として、制作費はたちまち映像のクオリティに跳ね返る。ハリウッド映画と日本映画を見比べて「同じようなストーリーなのになぜ映像が安っぽいのだろう」とがっかりした経験のある観客は多いだろう。都会の中で撮影すれば、セットにかける金はハッキリと映像に出てしまう。
だが、通常ならテレビドラマにすら及ばない予算と機材で撮影されたはずの『県北高校フシギ部の事件ノート』の映像は魔法がかかったようにリッチに、美しく輝いて見える。それは撮影のセンスに加えて、茨城の森林風景が持つ圧倒的な情報量を背景にしているからだ。