文春オンライン

「東大院生初」の箱根路出場を目指す男の異色の人生 “博士の卵”はなぜ走ることに魅せられたのか?

2021/11/19
note

「学費免除」で関東の私大から声がかかったが…

 ここまでの経歴を紐解いてみると、古川は熊本県の八代高校時代から非凡なランナーではあったが、インターハイなど全国の舞台に立ったわけではなかった。

 5000mのベストタイムは15分5秒。

 厚底シューズ登場前の時代だから、14分台に突入していれば箱根駅伝を目指す学校から勧誘があっただろうが、15分台は微妙なラインだ。しかし、公立校でこのタイムをマークした古川のもとには、関東にある4校から声がかかった。

ADVERTISEMENT

「そのなかの1校は学費免除の条件が提示されたので、心が動きました。箱根駅伝を目指せると思うと、それだけで高校生の僕には魅力的でした」

©文藝春秋

 選択を複雑にしたのは、古川が国公立大学を目指せる学力もあったことだ。

 古川は関東の大学進学へと心を動かされていたが、担任の先生と家庭での話し合いを通し、関東で陸上をすることは諦め共通テスト対策へと注力した。そして1年間の浪人を経て、地元の熊本大学へと進学する。

 箱根駅伝への夢は、そのまま封印された。

 ただし、走ることへの情熱を失ったわけではなかった。浪人時代でさえ、気持ちの切り替えのために10分から20分をかなりのスピードで走っていた。そして大学入学後も、情熱は衰えることはなかった。

©文藝春秋

大学3年、4年の時には「熊本城マラソン」を連覇

 熊本大学での4年間で、古川の5000mのタイムは15分4秒から14分15秒にまで伸びたが、それ以上に注目すべきなのは、熊本城マラソンで2度も優勝していることだ。

「大学1年生の時に初めて出場したんですが、フルマラソン向けの練習はそれほどせず、『1キロ3分20秒くらいで押していこう』と思っていたら、16キロあたりでもうキツくなってしまいました。後半は死ぬかと思うほどで、2時間31分かかりました。でも、長い距離の練習が不足しているだけであって、これは開発の余地があるなと思い、1カ月に700キロ近く走り込んでフルマラソンに挑むことにしたんです」

 そして大学3年、4年と連覇を飾った。